さてと、「きっかけ」を長々と書いてしまってスマン
この回にてそろそろ〆ます
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クルマは買ったけど、納車まで間があったのでその間にクラブ探し。
(ホントはクラブ探しが先行だよなぁ
)
飛び込みで訪問して行って、
「ラリーはあんまり積極的にやってない」と言われるのも何なので。。
ひとまず「Play Drive」誌で調べてみたところ、
「結果出してる選手がいるとこなら、相応に頑張ってるとこだろ。」
と考えて、地区戦で結果を出していたHさんの所属しているクラブ「C」にアポを取りました。
数日後行ってみてびっくり。
「東大阪の町工場そのものや~
」
まあ、ショップの見た目はともかく、
T社長と話してラリーを始めたい旨行ったところ、
やる気十分が認められたのか快諾されました。
「今度の日曜に舞洲で練習会やるからおいでや~」と言われ、
大阪南港に行き、当日お会いしたHさんの横に早速乗ったときの感想:
「なんちゅー速さと加速感だっ
」
ラリードライバーの凄さに驚きながらも、
「このレベルに追いつきたい」という気持ちがふつふつと沸いてきました。
翌年、私のラリーデビューは近畿地区戦。
といってもT社長の意向で「コドライバーから始めるのが勉強になる」
とのことで、いわゆるナビからのスタートだったのでした。
チームメートのO氏と組んで結果は、、ベスト1本を含む6位入賞
そしてその年の秋にチームメートのTさんとコンビを組んだ
和歌山の近畿ジュニア戦でドライバーデビューを果たしたのでした。
こちらもめでたくデビュー戦で6位入賞
華しくはないけれども、無難なデビューでしたな。
そして翌年の7月に初優勝
(にーちゃん、フェンダーに腰掛けたらヘコむで~)
でもシーズンは「取ってはいけない」2位になり、
シリーズチャンピオンにはなれなかった苦い思い出も。
今考えると、当時のチームメートは凄かったな~
その後全日本チャンピオンが3名(ドラ1名,コドラ2名)もいたとは。
初めてコンビを組んだTさんもそのうちの1名だし。
今でも大阪時代は良き思い出で、私のラリー活動の大きな基礎となりました。
その後、地区戦・全日本線と徐々にステップアップしていき、
ようやく今年WRCに出場したのでした、
大阪のチームは2年ほどお世話になり、その後関東に転勤となったオイラは
神奈川のチームに今現在も所属しています。
こっちはWRCドラ・コドラがゴロゴロしていて、凄い層の厚さですゎ。
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さてと、次回の更新はラリーの面白みや、個性的なドライバーの紹介に
焦点当てて勝手気ままに書いてみようかなぁ。
なので次回以降はシンプルな本文になるかと。
では~