では前回のつづきを![]()
1999年にWRC復帰し、その年はポイントも順調に重ねて翌年2000年もプジョーに残留したデルクール。
しかし翌2000年は波乱の年になってしまうとは。。![]()

2000年の年間マニュファクチャラーはプジョーに。
予想以上の速さでタイトルをもたらしたのは、デルクールの貢献度もかなり高かったのでした。
しかし、チームメイトの同じフランス人のジル・パニッツィとの軋轢とか、
電子制御を積極的に進めていたチームの方針に相反する様に機械制御に戻させたとか、
シーズン中に自宅の近所で他のチームが行っていたテストに参加(断わりは入れたものの)
という彼らしい問題を起こしてたのでした。
軋轢の火種になる問題児はチームにとってマイナス?
大会社プジョーのイメージダウンを防ぐ意味合い?
理由はいくつかあったようでしたが、シーズン終了後に放出される羽目に。![]()
後日の彼のコメントは
「タイトルを取った直後に(チームからの放出を)発表したのは、
1年間頑張ってきた成果を気持ち的に一気にゼロに引き戻すようなものなんだ。
フツーのやり方じゃねぇよ。」
(「問題児」とか「企業イメージダウン」とかいうワードは、
オイラにも当てはまるので気をつけねば。。 ちょっと脱線。
)
失意のどん底にあったデルクールを拾ったのはフォードでした。
翌2001年に多くのイベントに参戦するものの、
マクレーやサインツのサポート役の第3ドライバーの処遇には納得いかなかったと。
翌2002年には三菱入り。
電子制御などの熟成が進んでいなかった
エボⅦベースのランサーWRCで苦悩する日々が続いていたようです。
2003年はあれほど数々の栄光に包まれた三菱がWRCから撤退(今でも残念に思う)、
その後のデルクールはWRCの表舞台に出ることも無くなってしまいました。残念。![]()
結論:
トップドライバーになる可能性があったのに、数奇の出来事に振り回されてしまった感がありますな。
腕まくりして走るわ、嫌な事があったら罵倒を浴びせるわ、電子制御より機械制御が好きだわと、
やっぱり「職人」ですわ、デルクールは。![]()
で、本日の動画はコチラ![]()
腕まくりで激走してる2000年のツール・ド・コルスです。
3:00付近からがアツイ![]()
タイミングが合っていなかったコ・ドライバーのダニエル・グラタループを罵倒してます![]()
(オイラだったら逆ギレしてしまうか「集中せい」と注意してまうけど。。)
