監督/ドゥニ・ヴィルヌーヴ『ボーダーライン』『プリズナーズ』
脚本/エリック・ハイセラー 『ライト/オフ』『ファイナル・デッドブリッジ』
原作/テッド・チャン「あなたの人生の物語」
12隻の船で地球に飛来した謎の知的生命体"ヘプタポッド"。対話を任された言語学者ルイーズ・バンクスの挑戦と、亡き娘の回想録が交差するSFドラマ。
優秀脚本を保存するブラックリスト。かつて同リストから『プリズナーズ』を見事映画にしたヴィルヌーヴ監督は本作を如何に視覚化したのか?
*このレビューでは、インタビューや劇中の引用、音楽等を基に、原作者、脚本家、監督が映画に散りばめた謎を拾い上げていきます。
原題"ARRIVAL"
arrive【語源】古フランス語 ariver「a (⋯に)+rive (岸)=(水路で)岸に着く」
映画は水辺の家のシーンで始まり同じシーンで終わる。それは果たして到着か、出発か。
【新言語/ヘプタポッドB】
言語によって,考え方や,身の回りの物事 ― つまり,色,量,位置,方角など ― の描写の仕方は異なります。例えば,ある言語では「あなたの右の手に虫がいる」と言うとしても,別の言語では「あなたの南西の手に虫がいる」と言います。Watchtower誌、2013/09/01
「諸言語は文法やルーツだけでなく……概念を一つの文にまとめる仕方も異なっている。考え方は人種によって異なっており,したがって文型も言語によって異なっている」。(聖書辞典,J・ヘースティング編,1905年,第4巻,791ページ)ですから,言語が異なれば,かなり異なった思考の型が必要になり,初心者が自分の学んでいる“言語で考える”のは困難な事柄となります。洞察第1巻、P876
反対意見がある一方、これは多くの言語学者も認めている理論です。
とはいえ言語が次元をも超えるかというと厳しいと思うのが正直なところ。
【Who's on first?】
"これはナゾナゾじゃないんだ…ジョークだよ、レイ。コメディさ!"
トム・クルーズ、『レインマン』
原作から変更された宇宙人の名前、一体アボットとコステロって誰?
アボットとコステロは1930年代後半から米国で活躍したお笑いコンビ。
彼らの有名なネタの一つが「Who's on first?」。アボットはWho(フー)という名前の選手について話すのにコステロはWho(誰)と受け取ってしまい、延々理解し合えないというギャグになっている。
Costello: Then who's playing first ?
コステロ「一塁手は誰(フー)?」
Abbott: Absolutely!
アボット「その通り!」
Costello: Who?
コステロ「え、誰?」
映画『レインマン』でもダスティン・ホフマン演じる自閉症の兄レイモンドとトム・クルーズ演じる弟チャーリーの心のすれ違いを表すのに象徴的に引用されていました。パニック発作の癖で「Who's on first?」を繰り返すレイを「ジョークだよ」とチャーリーが嗜めるのです。
"これはコミュニケーションとミスコミュニケーション、そして誤解についての映画だ"
アーロン・ライダー、『メッセージ』プロデューサー
『レインマン』ではジョークだったすれ違いが笑いではすまなくなっている昨今、本作は現代にこそ必要な映画だとライダーは語っています。
因みに彼らの種としての呼称はヘプタポッド(8+足)。トム・クルーズ主演のSF映画『宇宙戦争』の宇宙人はトライポッド(3+足)と呼ばれていました。こっちは会話不能の暴れん坊でしたが…。
【臨終の床で何が囁かれたか?】
物語の結末を左右するシャン将軍の言葉。それは妻から夫へ送られた最期のメッセージ。この展開は映画オリジナルのもので、「映画全体で最も重要な台詞だから」と監督に頼まれたハイセラーが悩みに悩み書き上げた言葉です。その上で監督、あえて字幕を省く。にも関わらず脚本家、インタビューでバラす。こういうのを凸凹コンビと呼ぶ。
↓その台詞を3ヶ国語で翻訳↓
中国語:战争不能成就英雄,只能成就寡妇
英語 :In war, there are no winners, only widows
日本語:戦争に勝者はいない、ただ未亡人だけだ
『メッセージ』より
これは恐らくは元英首相ネヴィル・チェンバレン(1937-1940)の次の言葉にヒントを得たものだと思われます。
"In war, ...there are no winners, but all are losers"
"戦争に…勝者はいない、全てが敗者なのだ"
チェンバレンは台頭するナチスに対し宥和政策を行った。ヒトラーの要求にある程度譲歩することで平和を維持しようとしたのです。その努力も虚しく歴史は第二次世界大戦へと流れ着く訳ですが、それでも戦争開始を一年延期させたと言われています。
【繰り返される挿入曲「On the Nature of Daylight」】
"「The Blue Notebooks」はイラク侵攻と武力仲裁…数え切れない争いの不甲斐無さ…に対するプロテスト・アルバムになる" マックス・リヒター、ガーディアン紙
映画の最初と最後で流れる印象的な挿入曲は、マックス・リヒターが2003年に出したアルバムの一曲。
臨終の言葉と繰り返しのメロディには終わらない暴力への怒りと願いが込められている。
【なぜそこに!?】
飛来した宇宙船は12隻。シベリア、シエラレオネ、グリーンランド…全く共通点が見えない12ヶ所に降り立った彼らに誰もが問いたくなる「なぜそこに!?」。日本も例外ではない。東京でも大阪でもなく選ばれしは北海道。「なぜそこに!?」
脚本家や監督によると、「なぜそこに!?」という場所をわざとランダムに選んだから。そこに政治的意図等の共通項があると考えるのは人間の視点だから。それを超越したロケーションを選ぶことで「宇宙からやってきた感」を見事に演出してみせた。
ただ『コンタクト』のクライマックスが北海道だったということをSF大好きの製作陣が全く忘れるなんてことがあるのかというと…記憶って不思議♡
【自由意志と選択 ー アボットはなぜ死んだのか?】
"自由とは、自分自身の鎖を自ら選ぶ力のことである"
ジャン=ジャック・ルソー、思想家
未来を知っていながらアボットはなぜ死を避けられなかったのか。
ブラックリスト段階の脚本から台詞を抜粋します。
爆発後、宇宙船の一室。ルイーズとコステロの対話シーンです。
FADE IN:
ルイーズ:アボットは?
コステロ:アボットは死んだ
、ルイーズ:残念だわ
コステロ:アボットはサイン。彼は全ヘプタポッドが学ぶべきことをルイーズから学んだ
ルイーズ:どういうこと?
コステロ:…ヘプタポッドの終焉は近い。それがここに来た理由。君達から学ぶため。君達を救うため
ルイーズ:私達から?何を学ぶの?
コステロ:選択する力。我々の物語の道筋をなぞるのではなく。来るべき定めを打ち破り、未知なる道を選ぶため。それが我々が存続する唯一の道…
ルイーズ:アボットはあの爆発で死ぬ定めだったの?それが彼の物語だったの?
コステロ:…違う。アボットは別の道を選んだ。未来を打ち破った。彼は死をもって、全てのヘプタポッドは自由であることを示した…君こそが鍵だ。君は人生を選ぶのだ。未来を知ったとしても。我々全てのために道を照らすのだ
アボットの死は自己犠牲。それはヘプタポッドの救い、人類の救い、ルイーズの救い。争い憎み合う人々のために、命より死という鎖を選んだ。もはやノンゼロサム精神を超越したアボットは現代人にこそ必要なサインかもしれない。
【監督 vs 脚本家】
映画最大のテーマとドラマを集約する「ルイーズの選択」。中絶反対を謳ったプロライフ映画だという批判などの議論を呼んでいるこの選択ついて、ヴィルヌーヴ監督がニュースサイト「THE VERGE」のインタビューで答えています。
"エリック(脚本家)は…彼女が子供を産むことを選んだのだと捉えていると思う。私の解釈では…彼女に(それ以外)選択肢はなかったんだ。では結末を知って尚、彼女は子供を持つことにどうやって喜びを見い出していくのか?…私はいつかは死ぬと知っている…それでも人生を信じ、一生懸命に生きなければならない。私にはこれこそが、いつだって選択肢があるという考え方よりも大切なのだ"
ルイーズは/娘のいる人生を/選択した←脚本家の見方
ルイーズは/娘のいる人生以外/選択肢がなかった←監督の見方
【関連作品】
・『未知との遭遇』…脚本家が最も好きなSF映画として挙げている。
・『インターステラー』…同作との類似を避ける為に変更された点も多い。
・『アバウト・タイム 』…『メッセージ』は人生で経験するであろう「ある一点」を観る側が通過しているかどうかで受け取り方が違ってくる。こちらではその「一点」が物語の重要なキーになっている。
・『エターナル・サンシャイン』『コンタクト』…観ればわかる。
・『スローターハウス5』…本作のドラマ的テーマの理解を深める作品。映画評論家町山智浩さんの解説→https://tomomachi.stores.jp/items/56bfeb6abe6be35d750012e0
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