発達障害と診断されるまでの、高校生の頃の記事です。

三歳児検診で傾向ありと言われてから→私が発達障害?! 幼少期





沢山食べて戻すのは、いわゆる「過食嘔吐」です。
この過食嘔吐は頻度こそ減りましたが、今もまだ続いています。

そして、過食嘔吐が治らないまま高校に入学。


*対人関係の問題
幼稚園の頃は、物怖じしないで同級生に話しかけて仲良くなることができました。
しかし、中学時代から、自分から相手にアプローチしたりする事が苦手になり基本的に受け身スタイルでした。
小学校の頃から仲の良かった同級生に対してはナチュラル(周りから変人と言われ面白がられていた時の自分として)に接する事ができました。
しかし、そうでない人に対しては、余程仲良くならない限り、すごくオドオドしていて、慎重な接し方しかできませんでした

例えば、幼なじみに対しては軽口が叩けたりしますが、あまりかかわらない人には極端に距離を置いた接し方になってしまうのです。

そのくせ、クラスであの人が自分の事を嫌っているかもしれない、とか気にしすぎたり。
小学校の頃から私のことをからかっていた男子が同じノリでからかってきた時に周りの目を気にしたり。

そして、高校生になって初めて、自分は何か、うまく言えないけれどおかしい!!!

と思うようになりました。
空気が読めない等の対人スキルの低さ、極端な痩せ願望、強迫観念、虚無感など、他の人はもっと楽しそうに生きているのに、自分は全然楽しくない!!!
夜、寝る前に漠然とした大きな不安に押しつぶされそうになりメソメソ泣いたりしていました。


*感情の爆発
学校でとても疲れてしまい、再び母に、泣きながら学校を辞めたい、と訴えました。
そして、ただ辞めたいのではなく、本当に狂ったように泣き叫び、父のように物にあたり、今度は心の中でなく、声に出して

「どうして私の気持ちをわかってくれないの!!!」
「いっつもそう!!!」
「どうしてそう思うのか、理由すら聞いてくれない!!!」
「ダイエットしてた時も私がご飯要らないって言ったらはいそうですか、で済ませるし!!!」
「こんなに苦しいなら生んで欲しくなかった!!!」
「過干渉のクセに私が助けて欲しい時に助けてくれない!!!」
「お母さんは私の事何もわかってない!!!」
「そんなだから娘が摂食障害になっても気づかないんだ!!!」

まるでお菓子売り場でタダをこねる小さな子どもみたいに泣き叫びました。
高校生にもなって、と思う反面、ここまで自分は辛いのを溜め込んでいたんだ、とも思いました。

そこで、母がしょんぼりして
「ごめんね、お母さん何もわかってあげられてなかったね」
と言いました。

摂食障害の事を打ち明けるなら今かな、と思い嗚咽でえぐえぐ言いながら、
摂食障害にずっと悩んでいた事、怒られるのが怖くて言えなかった事、学校の人間関係がとても苦しい事を打ち明けました。


因みに母は私に無関心な訳ではなくむしろ過干渉気味で、自分でも子離れができない〜と言ったり
こうして打ち明ければきちんと話を聞いて私のために行動してくれる人でした。
ただ極端に不器用で、しかも私が母にとって「いい子」だったので
まさか私が悩んでいるなんて思ってもみなかったみたいです。


それから、母が「心療内科に行こう」と、近くの病院を探してくれました。
そして予約をとって、母と一緒に初めての心療内科に行きました。

今までインフル以外で病院に行ったことがないのですごく緊張していました。
診療前に、相談員の人に別室に案内されて事前聴取みたいなことをしました。

それから、先生の診察を受けたのですが、
悩みを聞いてもらって、お薬出しますね〜で終わり。

こんなものなのかな〜と思いつつ、初めて処方された精神安定剤を服用。

そして、私の悪い、せっかちな部分。
薬を飲んだからってすぐに良くなるわけじゃないのに、全然改善しない事に不安を感じてしまっていました

2週間に1回くらいの頻度で通院していましたが、
最近はどうですか?気持ちに変化はありましたか?と聞かれても
状況は何も変わってないです、としか言えず、少しずつ薬の量が増えていくばかり。
薬を飲んでも、結局摂食障害は自分の気持ちが変わらないと治らない
認知療法でなく薬剤療法なら無意味ではないのか?と思うようになりました。
それに薬の副作用がキツくて、更に具合が悪くなりました。

それで結局、病院に通うのをやめてしまい、摂食障害障害は治らず、
同級生に対してぎこちない態度をとったり、周りの目を気にしすぎたりする部分も改善できず、

居心地の悪さを感じながら高校3年生、受験生になりました。


*受験生
私は小さい頃から、医療従事者になるように刷り込みをされており、
自分は将来医療従事者にならなければいけない
と思い込んでいました
そして、それが親の期待している事であるのも理解していました。

だから、ひたすら狂ったように勉強して親が行ってほしいと願っていた専門学校に何とか合格する事ができました。

母は「おめでとう!よく頑張ったね!」と、私の努力を褒めてくれましたし、
母にそう言われたくて頑張ったので、何とか報われた気分になりました。

そしてその年に、私の好きなゲームの新作が出たので、合格祝いとして買ってもらいました。
そのゲームをしている時はゲームに夢中になれたので、気分も落ち着いていました。
この時は、親の言う通りにできた事に対する安堵感が強くて、「自分が本当に進みたかった道なのか」という疑問に気付くことができませんでした。