診断されるまでの経緯、義務教育期間前半の記事です。
傾向ありと指摘されてからの記事はコチラ→「私が発達障害?! 幼少期」
幼少期の様子を挙げると、むしろ今まで普通学級で生きていけたな!と思いますが...。
もちろん、順調に過ごしていけたわけでなくトラブルが沢山ありました。
無事に小学校に入学した私ですが、
幼稚園時代に比べると、多動は少しだけ落ち着いたものの、今度は不注意の方が目立つようになりました。
*忘れ物が多すぎる
学校に持っていくもので何かしら忘れる
逆に家に持って帰らないといけないものを学校に忘れてきたりする
こんな事がしょっちゅう、というか
ほぼ毎日!!!!!
おかげで通知表の忘れ物をしないの評価は「もう少し頑張りましょう(三段階の一番下)」
体操服を持ってくるのを忘れた、体操服を持って帰るのを忘れた
お箸を忘れた、絵の具セットを忘れた
あまりにも酷すぎたので母が毎日チェックしてくれるようになり、
学校にも忘れ物をしないためにランドセルに「持って帰るものリスト」をぺたっと貼ってくれました(笑)
因みに、朝雨が降っていて昼晴れた日は99.9%傘を学校に忘れてきてました。
そして、忘れ物というより物忘れ。
料理している事を忘れて家を何回も燃やしかけました。
親にカレーを作ってと頼まれる
↓
煮込み時間中に別室でテレビを見る
↓
そのまま火を使ってることを忘れる
↓
キッチンから大量の煙が!!!
*整理整頓ができない
お道具箱の中はグチャグチャで、自分に必要なものをすぐに取り出すことができず、
あれ?どこだ?と必死に探す事が多かったです。
ランドセルの中も小さいポケットの部分にクシャクシャに丸めた小テストを突っ込んでいたり、
家では出したものは出しっぱなしで片付ける事ができませんでした。
結果!子ども部屋は足の踏み場もないほどの汚部屋に!!!
床に散らばっていたのは主に学校から貰った、さほど重要ではないプリントや、採点されて返ってきた宿題のプリント等。
そして私は「捨てる事」ができず、何でもかんでも「いつか使うかもしれない」と取っておく癖があります。
だから、たまにペットボトル等についてくるキーホルダーなども未開封のまま溜めてたり...。
ちょっと為になる情報が書かれていたチラシも捨てずに持ってたり。
そんなんだからどんどん物が溜まっていくんですね(^_^;
だから友達が来ても子ども部屋は締め切って、リビングでゲームしたりして遊んでいました(笑)
*先延ばし癖
↑の整理整頓ができない、の原因の一つになるかと思いますが、めんどくさいと思った事を先延ばしにしてしまうんですね。
例えばもう要らないプリントも、すぐ捨ててしまえば済む話なのに、後で捨てようと後回しにして結局捨てられず、それが積み重なって...の繰り返し。
もちろん夏休みの課題もラストにギリギリで終わらせるタイプでした。
*時間の使い方が下手くそ
スケジュールを立てて、その計画通りに何かを進める事ができませんでした。
スケジュールを立てる「だけ」ならできますが、スケジュール通りには動けません。
大体20分くらいは平気で遅れます。
友達と遊ぶ約束をした時に、12時集合と言われたら早くても12時5分になってしまったり、集合時間になってやっと家を出たり...。
逆に早く付きすぎてしまう事もありますが(・・;)
要するに、「時間通り」が難しいのです。
因みに友達は怒らなかったのかと言うと、みんな優しいので怒りませんでしたし中には私よりも後にくる友達もいっぱいました。
*常に強い不安がある
高学年くらいになると、思春期と言うにはまだ早いですが、情緒が不安定になりやすいですよね。
この頃から自分の体型を気にしたり、周りの目を伺うようになりました。
そして、失敗をして怒られることに対して非常に怯えておりました。
多分、家でちょっとでも失敗するとキツく怒られたりしてたからでしょうね...。
だから、今考えたら「そんな事で怒られるわけない」とわかる事でも、当時は物凄くバレる事を恐れていました。
例えば、友達の家に遊びに行って帰り道がわからなくなった時に、
たまたま母と仲の良かったお隣さんが通りかかって連れて帰ってくれた時、
何故か私は迷子になった事と、お隣さんに連れて帰ってもらったことがとても悪い事のように思ってしまい、
お隣さんに「ありがとうございます。お母さんに言わないでください」とお願いしてました(・・;)
そして、友達が遊びに来た時、とあるお菓子のパッケージに、
電子レンジで温めて食べても美味しいと書かれていたので、電子レンジで温めたところ、
温めすぎてレンジの中でお菓子が焦げてしまい、家の中が焦げ臭いにおいでいっぱいになり、
やばい!!怒られる!!!!と、友達と慌てて香り付きの寝癖スプレー(霧吹き型の)を振りまき香りを誤魔化そうとして、
それで大量に減ったスプレーを思い切り振って見た目を誤魔化そうとしたり(誤魔化せてない笑)
世間体を気にする父の遺伝か私自身も相手の自分に対する評価を非常に気にしており、
全ての人に好かれる人間はいないなんて分かっていても、明らかに自分を嫌ってる人がいたら物凄く気になったりします。
それと、低学年の頃に忘れ物をしすぎてしょっちゅう注意されたせいか、忘れ物をしただけで物凄く青ざめたり、泣き出したりするようになりました。
そうなると気にしすぎてストレスがたまり、学校に行くのが辛いと感じるようになりました。
母に学校に行きたくないと言っても「熱もないのに休めるわけないでしょ」と。
まぁその通りなんですけど^^;
しかし当時はとにかく学校が辛く、
こんなにも行きたくないのにどうしてお母さんは分かってくれないの。
どうして学校に行きたくないのか理由も聞いてくれない。
なんて毎日心の中で文句を言ってました。
*コミュニケーションに問題が出てくる
幼稚園や、低学年の頃はまだ同級生でのグループとか派閥とかはあまり気になりませんでしたが、
高学年位になると、女子も低学年の頃に比べだいぶ大人びてきて、いわゆるグループや派閥などもある程度固まってきますよね。
私は当時は明るくてうるさい、アホみたいな変人キャラで、同級生から男女問わず弄られていましたし、
度が過ぎなければ私も弄られるのは嫌ではなかったです。
恐らく好き嫌いが別れる性格で、面白いと言ってくれる子もいれば、生理的に無理という子もいたと思います。
実際、明るいバカではあるのですが、冷めた目で見られやすく、
空気が読めなず相手を怒らせてしまうことが多々あったり、笑いをとるために相手がドン引きするような事を平気でしたり。
そして、生理的に無理!というタイプの同級生に
「お前マジで気持ち悪い」
「ガイジ」
「頭おかしい」
と言われた事に反発して、取っ組み合いの喧嘩になったり(もちろん男子に勝てるはずもなくボコボコにされました笑)。
とにかくムキになりすぎて刃向かって叩きのめされるパターンがよくありました。
流石に中学生になるとムキになりすぎる事もボコボコにされる事もなくなりましたが。
家では相手が父親になりますね(笑)
こっちは大人になってからも続いてました。
*試し行為と見捨てられ不安
ボーダーの特徴に近いのですが、親しい人を試したりして、本当に自分が好かれているかを確認しては安心したり不安になったりしていました。
例えば、友達に「辛い、死にたい」と言って「大丈夫?」と言われ、気にかけてもらうことで安心したり。
母の目の前で、すごく体調が悪そうにしたり。
それで母が気づかなかったら大声をあげて「お母さんのバカ!!」
って泣き出したり。
母に怒られると「お母さんは私の事が嫌いだから怒ってるんだ!!!もういい死んでやる!」
と叫んだり。
あれ、これ父と一緒じゃない??
因みに父はゲラゲラ笑いながら「死ね死ねw」と煽ってきて、私は更にムキになる、という(・・;)
そして、見捨てられ不安が非常に強く、
小さい時から「お前はだめだ」と否定されたり、失敗したくて失敗した訳ではないのに怒られたり、
しかも、どうしてそれが悪いのかを言わずに感情的にこのバカが!!!と怒られるだけでしたので、失敗を非常に恐れるようになり、いい子でいなくてはいけない
という強迫観念のようなものができあがっていました。
だから、
テストでいい成績を取れないとダメ
親に育てていただいている
私がダメな子だから怒られる、嫌われる
親の期待に応えなければ
私はできそこない
完璧でいなければ
という考えに支配されていました。
父親が働いてお金を稼いでくれているから、衣食住に困らない。
それなのに反抗的な態度をとる自分はゴミだ。
母は自分の面倒を見てくれてるから母が喜ぶように期待に応えないと!
典型的なアダルチルドレンになる方向に足を踏み入れてしまいましたね。
自閉症スペクトラムとADHDの私が、失敗をせずに華麗に親の大きな期待に応えるなんて事ができるはずもなく。
失敗は許されない、という強い考えがあるせいか、別に隠す必要のない事まで隠したり、余計な神経をとても使っていました。
そして、親の期待とかけ離れている自分にすごく嫌悪感がありました。
テストでいい点数を取れば、次のテストは更にいい成績を取らなければいけないと、
試験期間に暗記科目を勉強する時ははルーズリーフ1面に、リングに通す穴の横の余白まで使って覚える単語を書き込んでいました(笑)
そんな私のルーズリーフを見た同級生は口を揃えて、うわ気持ち悪っ!と言ってましたね。褒め言葉です。
実際にその姿を見て母は「すごい!頑張ってるね!」と言ってくれたし、
いい成績をとったら「よく頑張ったね」と言ってくれ、母のその言葉だけが私の救いでした。
しかし、それと同時にプレッシャーでもあったのです。
いい成績をとったら「よく頑張ったね」。
じゃあ、もし次の成績が悪かったら?
今回良くても次がダメなら結局全てダメになるのではないか?
もうこの頃にはすっかり、三歳児検診で多動傾向ありと言われた事など、家族の誰もが忘れてしまっていたと思います。
そして、父の転勤が決まったのですが、
発達障害でよく聞く環境の変化が苦手な弟のために、父だけが単身赴任で家を出ていくことになりました。
ここまでが、義務教育機関の前半です。