自ら決める苦しさ。 | ふつうの女の子になりたい人生でした。

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車いすに乗ってる20代独身女の日記

ようやく痛みもなく、自由に手が動かせるようになったのと、

入院生活も残りわずかなので、怒涛のように投稿しております。笑

 

前記事でも触れましたが、これまでたくさん手術を受けてきましたが、

それ全部、子どもの時なんですよね。

だから今まで治療方針はもちろん手術を受ける・受けないとかを

自分で決めたことがなくて、ぜんぶ親が背負ってくれていたんですよね。

 

 

自ら決めるようになって決断することの難しさと苦しさを感じます。

まだ自分の意思もない幼かった子どもの私の治療を決めてくれていた両親、

とくに母は今の私以上に辛かっただろう、苦しかっただろうと想像します。

リスクも大きい手術もたくさんあったし、病状が少しでも改善するためとはいえ、

痛みや苦しむ子を見て何度母は辛い思いしたんだろうと。

両親には、本当に感謝しかないです。

 

腎機能が低下し始めて、腎移植のことも人工透析のことも

「あなたに任せるよ」、「移植をするならお母さんの腎臓あげるよ」

といつでも母は、私の気持ちを尊重してくれました。

 

そこには子を思う母の愛情と優しさであることはわかっていますが

その私の気持ちを尊重する言葉さえ、「自分で決めなさい」と

突き放されたように思えるほど、私は葛藤の中で苦しみました。