大相撲、立会いの変化は悪か? | stockracerの雑記録

stockracerの雑記録

株・競馬から、スポーツ・時事問題まで。ジャンルに拘らず、ブログならではの自由な切り口で、何でも好き勝手に書いてしまおう!

 大相撲の話をひとつ。土俵。今場所の優勝争いに絡む、昨日の、横綱・大関の取り組みで、勝った力士が立会いで変化した相撲が2番あり、観客から怒号が飛び、相撲協会・理事長やマスコミからも批判が出ている。

 確かに、立会いの変化で一瞬で勝負がついてしまうのは、好取組を期待していた側としては残念なことだろう。しかし、昨日、この変化技を決めた、大関・把瑠都と、同じく大関・日馬富士を同列に並べて批判するのは、ちょっと違うと思う。

 把瑠都は、大きな身体とパワーを武器に相手を圧倒するタイプの力士で、今場所は昨日まで全勝を守り、優勝争いのトップを走っている。その彼が、同じく優勝争いをしている、新・大関の稀勢の里相手に変化したのだから、ある程度批判されても仕方ない感がある。

 しかし、日馬富士は、幕内力士の中でも小柄な方で、スピードと多彩な技で相手を翻弄して勝機を得るタイプの力士だ。体格・腕力に勝る横綱・白鵬に対して、立会いの変化技は通常の戦略の範疇であり、何等批判を受ける筋合いのものではない。もし、小兵力士の変化技が認められないということになれば、体格・体力に勝る者だけが、勝ち残ることになる。

 そうなると、大相撲にも体重別の階級を設けなければ、筋が通らないという話になってくる。これでは、伝統や格式など、あったもんじゃない。身長差、・体重差のある力士どうしの取り組みがなくなれば、ファンの楽しみも半減する。

 むしろ、取り組み後、記者の質問に答えた、白鵬の、「負けた方悪いから」との発言の方が、引っかかる。負けたのは、全て自分の責任のはずで、変化した日馬富士を暗に批判するような発言は、横綱としてはどうなんだろうと言いたい。「も」と「が」、ひらがな一文字の違いだが、このような風潮が続けば、かつて、技のデパートの異名を取った、元小結・舞の海のようなタイプの力士の存在価値を、否定することにもなりかねない。お相撲2。

 では、また。