新年を迎え、世の中で変わって欲しい事と言えば、真っ先に考えるべきなのは、大震災と原発事故からの、一日も早い復旧・復興。個人や民間レベルでは、目に見える形での支援活動が拡がって、いつも頭の下がる思いでいる。だが、当事者の東電のみならず、政・官・財及び関連組織等のステークホルダー達については、未だに、情報の隠蔽や癒着が疑われるようなニュースばかりで、被災者・国民の信頼を得るには程遠い。昨日・元日に、朝日新聞が報じた、原子力業界から原子力安全委員会への寄付金問題一つを取ってみても、研究や調査の結果に、業界に都合がいいような手心を加えたと見られても、仕方がないと思うのだ。
震災後に国が定め、その後変更が繰り返されてきた、放射線や放射性物質の基準値は、現状でも、まだまだ高すぎて、全く信用するには値せず、自分の身を守る為に、国民一人ひとりが情報集めから始めなければ、とても安心できない。それでも、ステークホルダーの一員である大手マスコミが流している操作された情報(=政府等の発表する基準値をクリアしていれば、さも安全であるかのような印象を植え付ける報道)を信じるというのなら、自己責任で行動すればいいと思うが、多くの国民は、疑問と危険性を感じながらも、生活の為に多大な我慢を強いられている。この摩訶不思議な状況を解消することなしに、真の復旧・復興などありえないのではないか?
風評被害と助け合いという言葉ばかりが独り歩きして、世界の常識から見れば高過ぎる数値でも、国の基準値さえクリアしていれば、汚染された食品であれ瓦礫等の廃棄物であれ、受け入れの拒否は悪である、人倫にもとる行為であるとの風潮が高まるのは危険だ。放射性物質の拡散による、放射線被曝・蔓延の危険性から目を背け、実体が伴わないのに、名目上の収束(冷温停止や、ステップ2の達成、非難区域の解除など)に異常な迄に執着するステークホルダー達の姿勢を変えさせない限り、安全・安心も、復旧・復興も、真の収束も、決してありえない。裏で、彼等ステークホルダー達が、被災者・国民の健康や安全を二の次にして、自らの保身、利権、天下り先の確保の為に、彼らの主張の大義名分が立つように、情報操作や世論の誘導などを画策している事は明白だと思えるのだ。
例えば、石原都知事が、汚染された瓦礫の東京都への受け入れに反対する意見に対して、「黙れと一括すればいい」と発言したことも、石原氏が元々原発推進論者で、その影響力を利用した世論の誘導であったことは、隠し様がない。また、東京都・杉並区の小学校で使用されていた芝生シートから、国の基準値の10倍以上の放射性セシウムが検出された時は、シートの重さの10倍の量の、汚染されていない廃棄物と混ぜれば、放射性物質は希釈されるから、焼却処分は問題ないとの判断が下されたこともある。こんな、子供騙しにもならないような理屈で、本当に地域の住民を納得させられると思っているなら、これ以上馬鹿にした話はないだろう。更に、この件からは、ステークホルダーの政の部分が、国政レベルに留まらず、東京都区部規模の地方自治体にまで拡がっている事が分かる。住民は、いったい誰を信じればいいのだろうか。先日も、枝野経産相と東電の西沢社長が、東電の国有化や電気料金の値上げでやり合っていたが、どうせ裏で繋がっているくせに、内輪の主導権争いを見せ付けられる理由が見つからなかった。
他にも、挙げれば切がないが、この手詰まり感を打開するためには、政界再編して総選挙しかないのではないか。経済の建て直しの為や、現政権のマニフェスト違反など、選挙を行なって欲しい理由はいくらでもある。だが、今日書いてきた、ステークホルダー達の癒着の構造・打破の一点だけでも、選挙をやる十分な理由になると思うのだが。
今日の一曲は、「On Green Dolphin Street」 Bill Evans
同名のアルバムからの、表題曲なんですが、このアルバムで一番有名なのは、日本でもCMで使われた、「あなたと夜と音楽と」の方です。
聞いてみても、どこか地味に聴こえますが、アルバムを通して聴くと、いいバランスになっているので不思議です。
何度か聴いていくうちに、味が出てくるタイプの曲ですね。
このアルバムは、ピアノトリオですが、ジャケットには、エヴァンスがリーダーで、ベースのポール・チェンバースとドラムのフィリー・ジョー・ジョーンズが併記される形になっています。
これは、当時エヴァンスは、他のプレーヤーとピアノトリオを組んでいたので、このメンバーで、ビル・エヴァンス・トリオと名乗れなかったという理由があります。
では、また。