オルフェーヴル~マックイーンの血を受け継ぐ者~その②マックイーンの栄光と挫折。 | stockracerの雑記録

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  ~その①からの続き~

 父・メジロティターンが果たせなかった、菊花賞出走に漕ぎ着けた、メジロマックイーンは、4番人気。素質は誰もが認めながらも、重賞での実績がなく、その実力は未知数との評価だった。しかも、この時点では、同じメジロ牧場生産の、メジロライアンの悲願のクラシック制覇への挑戦が話題になっており、マックイーンは脇役の一頭に過ぎなかった。しかし、当然のことながら、僕の本命はマックイーンで、彼の勝利は鉄板よりも固いと信じていた。競馬競馬競馬競馬競馬競馬競馬競馬


 メジロマックイーン 初のGⅠ制覇 1990.11.4 第51回菊花賞(GⅠ)  
                          芝・重 2枠・2番


 嵐山ステークスの轍は踏むまいと、スタートから前寄りにつけ、4コーナーを回ってから早めに抜け出して、そのまま押し切る強い内容。僕は、自宅のテレビの前で、馬券が外れた事にも気付かずに、彼の走りの余韻に浸っていた。アップした映像とは違うが、あの杉本清アナウンサーの、「メジロでもマックイーンの方だ~」の実況が心地いい。これで、来年の天皇賞(春)が楽しみになったと思った。親子3代3200mのGⅠ制覇に期待が膨らんだ。

 少し馬券の話をすると、僕はマックイーンの馬券を取ったことは一度しかない。彼を追い始めてからは、悪くとも勝ち負け(1着か2着に入ること)するだろうという買い方しかしなかったので、買い目も絞り込み、実際多くのレースで2着以内に来ているので、的中していてもよさそうなものだが、何故か相手だけ買いそびれるのが常で、馬券的には相性が悪かった。しかし、それ以上に彼の走りに惚れ込んでいたので、不思議に納得はしていた。

 菊花賞を制したマックイーンは、古馬となった翌年の天皇賞(春)で、3代続けての、3200mでの天皇賞制覇を成し遂げる(残念ながら映像はなし)。その後、ジャパンカップでは、ゴールデンフェザント等、外国馬の瞬発力に屈し、秋の天皇賞では、一着で入線するも、斜行して他馬の進路を妨害したとして、18着に降着処分となり、有馬記念でも2着に敗れた彼は、雪辱を期して、連覇の懸かった翌92年春の天皇賞を迎える。僕の本命は、当然マックイーンだったが、実はこのレースには、あのトウカイテイオーが出走しており、一番人気となっていた。マックイーンとの対決は、社会現象といっても過言ではないほどの盛り上がりを見せていた。


 連覇!最強ステイヤーの証明 1992.4.26 第105回天皇賞(春)GⅠ 
                       芝・稍重 4枠5番           


 結果はマックイーンの圧勝。僕の中では、これが彼のベストレースだと思っている。晩成型のステイヤーにとって、充実の6歳(現在の数え方では5歳)秋が楽しみだったのだが、調教中に骨折し長期休養を余儀なくされる。そうして向かえたのが、マックイーン7歳の時、3連覇の懸かる春の天皇賞。しかし、そこには、僕にとってのもう一頭の忘れられない馬、(その①でも紹介した)ライスシャワーが出走していた。

 初めから、他の馬など眼中になく、この2頭の一騎打ちになると決め込んでいた僕は、馬券の買い方もいつもとは違っていた。始めて前売りで購入し、しかも彼ら2頭の馬連1点買い。マックイーンの方が強いと思っていたが、ライスシャワーも、前年の菊花賞馬で、父がリアルシャダイの晩成型ステイヤー。マックイーン同様、最も好きなタイプの馬で、実力伯仲。とにかく、馬券よりも、どんな対決になるのかが楽しみで、NHKを録画しながら、フジテレビ系の中継をかけて、発走時間を待ち構えていた。映像を探したが、どうしても見つからないので、結果を書くと、なんと勝ったのはライスシャワーの方だった。先行するマックイーンを、ライスシャワーがマークする形で最後の直線へ。ライスシャワーは直線半ばでマックイーンを捉えるとそのままゴール。世代交代を印象付けるレースとなった。因みに、このレースが、マックイーン絡みで唯一馬券を取ったレースだ。

 その後、マックイーンは、宝塚記念に勝利し、GⅠ4勝目を上げるが、続く秋・初戦に勝利した後、故障を発生し引退、種牡馬生活に入る。一方のライスシャワーは、2年後の天皇賞(春)に再び勝ち、GⅠ3勝目を上げたが、次の宝塚記念で、その①でも紹介した通り、非業の死を遂げる。

 彼らがターフを去り、馬券を買わなくなった僕は、次第に競馬から離れ、競馬雑誌に投稿することも、関連本を読むこともなくなり、テレビで、GⅠやステップレースを楽しむだけの、見るだけファンになっていた。そんな中で一番の楽しみは、かつて応援した馬達の子孫がデビューし、走るのを見ること。当然、マックイーンの子供達が走るのも、心待ちにしていた。しかし、当時巨額のシンジケートが組まれ、鳴り物入りで種牡馬入りしたマックイーンだったが、産駒の競走成績は振るわず、徐々に種付け頭数も減り、遂にGⅠホースは生まれなかった。

 月日は流れ、見るだけファンになって10年以上が経過しても、GⅠ路線は欠かさず見ていたので、オルフェーヴルの全兄・ドリームジャーニーが、朝日杯フューチュリティステークスに勝った時、母の父(ブルードメアサイアー)の所に、マックイーンの名前を見つけた時は嬉しかった。ドリームジャーニーが5歳になってから、宝塚記念・有馬記念の両グランプリを制覇し、それ以外にも、菊花賞5着、天皇賞(春)3着と、長距離適正もまずまずだったのを見て、マックイーンは母の父として、ステイヤーの資質を持った、とんでもない大物を出すかもしれないと期待するようになった。

 2011年3月、GⅠ以外は殆どレースを見なくなっていた僕は、録画しておいた、皐月賞トライアルのスプリングステークスを見る為に、テレビの前に座った。ステイゴールドの仔、ドリームジャーニーの全弟、そして、マックイーンの孫であるオルフェーヴルが、新馬戦に圧勝したあと勝てないまま、皐月賞の権利を取るために出走していたからだ。彼のレースを見るのはこの時が始めて、巷では、ステイゴールドにダブらせて紹介されることが多かったが、どんな馬なのか、そして、なぜ勝てないのかを確かめたかった。


 素質開花、いざクラシックへ! 2011.3.26 第60回スプリングステークス(GⅡ)
                            芝・良 3枠6番


 道中は按上に逆らうような素振りを見せながら、遊び遊び走っている。それでいて、4コーナーの大外を回ってから、池添騎手が目標を変えながら合わせ馬の形を取ると、鋭く反応して先頭に立ち、余裕を持って一着でゴール。着差以上の強さを見せ付けた彼が、これまでは父譲りのやんちゃな気性が災いして勝ちあぐねていたと聞いて納得。このレース振りなら、兄の果たせなかったクラシック制覇も、大いに期待できると感じた。

 レースを見て、興奮したのは久しぶりだった。騎手が追い始めてからの首の使い方が、マックイーンそっくりではないか?もちろんこの見方には異論もあるだろうが、僕の目には、ハッキリとそう映った。マックイーンの血が濃く出ているなら、彼はきっと長距離でも大丈夫。それに道悪も。ステイヤーびいきの僕は、マックイーンの孫が、これから始まるクラシックでどんな成長を見せるのか。出来ることなら、秋には菊花賞馬になってくれたらいいなと、思い始めていた。

                ~以下、その③に続く~馬

 では、また。