日本相撲協会は、7月・名古屋場所を通常通り開催することを決定した。
NHKも、生中継を再開すると発表した。
相撲ファンも、マスコミも、世論全体から文部科学省までもがこれを良しとして、さあ出直しだ、頑張ろうということになるらしい。
相撲を取る側も、見る側も、管轄官庁までもがいいというのなら、もはや一個人がとやかく言う必要はないのかもしれない。
だが、それは大相撲を興行として捉えた場合であって、公平性が求められるスポーツとして考えた場合、問題があると言わざるを得ない。
大相撲はスポーツであることを前提に全てを考えなければならないと思う。
国技として、文化的な伝統を持ち合わせていることは認めるが、番付による厳しい序列があり、十両に上がれなければ給料もでない等、普段の生活から収入まで、実力により大きな格差のある厳しい世界なのだ。
そこに、八百長や無気力相撲のみならず、人情相撲であっても微塵も入り込む隙があってはならないのだ。
もしも、興行的な色合いが強い世界であるというのなら、同部屋の力士同士が、本割では当たらないというルールの説明がつかないではないか?
その意味で、スポーツ足るべき大相撲を取り仕切る日本相撲協会が、現時点での本場所・通常開催に踏み切ったことには、納得がいかない。
本場所再開の理由として、放駒理事長は会見で、①八百長問題の全容解明,②関与した者の処分,③再発防止策の策定、の3項目が達成されたことを挙げた。
この中の、「八百長問題の全容解明」について疑問が残るのだ。
以前にもこのブログに書いたが、なぜ、提出された数個の携帯電話からたどれる、現役及び髷の残った引退直後の親方のみが調査対象なのか。
おかしな理由で提出されなかった携帯から、新たな関与者が出る可能性がなかったと言い切れるのか?
他の調査方法も含めて、親方衆やその他のあらゆる相撲関係者、マスコミや関与の指摘されるすべての関係者にまで対象を広げて、過去にまでさかのぼって、徹底的に調査しなければ、膿を出し切ったとは言えない。
調査対象、調査方法から結果に至るまで、全てが中途半端で不十分。
このまま本場所を再開しても、スポーツで一番大切な公平性が保たれるはずがない。
処分された25人の行為が許されるわけでも、かばうつもりもないが、「逃げ得」を許してはならないと思う。
この問題が、このまま幕引きとなるなら、大相撲を一競技として見ているファンは必ず離れていくだろう。
そうなれば、一番かわいそうなのは、不正になど一切関与せず、真面目に一生懸命やってきた、力士や相撲関係者だ。
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では、また。