不信任案の否決で一応の決着を見た、今回の政局騒動。
自民党が菅政権を一度はKO寸前迄追い込んだものの、幻の右(40歳以下の人は分からないでしょうね)を食らって逆転KO負けとなった。
既に昨夜遅くから、菅首相の退陣時期を巡っての解釈の食い違いから、民主党内の新たなごたごたが表面化したが、これはあくまでも党内抗争であり、自民党が菅降ろしの後、誰が立つのかを言わず、菅政権の復興策と違う新たなビジョンを示すこともできなかったことについて、谷垣総裁以下自民党幹部の責任が問われる。
菅首相も、自分が辞めることで、民主党の分裂や自民党に政権を明け渡すことを避けるのだと、腹を括ったのだから、何がどうしたらなどとズルズル引き延ばさないで、立法府の長として、目先の法案(復興基本法)を通す目途が立ち次第、潔く引くべきだ。
代議士会という公の場所で、はっきりと発言したのだから、その言葉は非常に重く、今日になって、解釈がどうのとか、言った言わないの食い違いが出ること自体が、ありえないことではないか。
昨日の不信任案否決で、被災地・被災者をないがしろにした政争が、ようやく終結するかと思ったが、民主党内は未だ内紛状態のままだ。
一方、今日の参院・予算委員会の山本一太氏の質問内容を聞く限り、自民党が政権奪回を何よりも第一義としていることに、何ら変わりはないようだ。
僕は、支持政党はないけれど、山本一太ファンである。
山本氏のブログ「気分はいつも直滑降」の、4年以上前からの読者であり、かつて「朝まで生テレビ」に出演していた頃から、数少ない、応援したい政治家だ。
しかし、今日の質問内容には、些かがっかりした。
菅降ろしが成功するか失敗するかは、昨日一応の決着がついているのだ。
既に、いつ辞めるのかの時期の問題、即ち民主党の内部問題となっている事柄について、センセーショナルな言葉を多用しながら、大切な審議時間をすべて費やすことに何の意味があるのか?
昨日の今日である。
政権抗争は一時休戦にして、与野党協力の下、遅々として進まない復旧・復興について、建設的な議論が繰り広げられるのもと期待する方が馬鹿だったのか。
菅政権は、一度は立ち消えになった、自民党に対する入閣要請をして、自民党もそれに応じるくらいの度量を見せないと、国民の政治離れは決定的になる。
それにしても、聞くに堪えない、汚い野次が多すぎるなぁ。
政争も、言葉遊びも、もう要らないんだ。
復旧・復興のスピードを上げてくれさえすれば、それでいいんだ。
では、また。