さて、続編です。
あなたは弱肉強食のステージと、今のような適者生存のステージではどちらが平和だと思いますか?
もちろん多くの人が、今のような適者生存のステージだと思っているかも知れません。
但し、私はここに大きな疑問を持っている輩の一人です。
確かに、一見したところ恐竜や猛獣が跋扈していたら、何か物騒であまり平和とは言えないでしょう。
ところが、彼らは人間ほどの莫大な力を駆使することは出来ません。
人間と人間の力の衝突、つまり戦争に比べたら恐竜たちの力の及ぶ範囲なんか知れてます。
フーコーのような構造主義的な見方で仮に「弱者排除」という切り口で比較すると、実は弱肉強食の時代よりも適者生存の今の時代の方が遥かに、大量の「弱者排除」が見てとれる筈です。
私がわざわざ適者生存の時代も、もう一段進歩しなければと思う理由もここにあります。
恐竜とは全く違う力、つまり権力や経済力という力が如何に恐ろしいものかは、この地球の現在も続いている紛争や難民や飢えや病気の数が物語ってます。
実は、新型コロナウィルスの被害どころではありません。
何千万人?あるいは何億人の犠牲者があったのか?誰が正しい数字を言えるでしょうか?
想像を絶する恐ろしい力、人間はそれを持っているということです。
権力や経済力を持つトップやリーダーたちの人格や哲学が如何に大事かは、もう説明すらいらないのではないでしょうか?
弱肉強食のステージから適者生存のステージ、そして次のステージは「共存共栄」であるべきだと思うのは私だけではない筈です。
今は人類全体が新型コロナウィルスという「未知の敵」と戦ってます。
私はこういう人類全体が心をひとつにする機会は、かなり稀なことだと捉えています。
ある意味ではコロナショックばかりではなく「コロナチャンス」も存在している筈です。
多くの人が今、無意識にでも人間どうあるべきなのかを哲学している時代だろうと思います。
最近、Y氏から「アモンの哲学は何か遠い雲の上の理想論じゃないことが、よく分かる時代が来たのかな?」と言われました。
さぁ、そのアモンの哲学の真価は何年か遡るとより分かりやすいかも知れません。
五年前には単なる理想論だと感じたことが、今ではかなりリアルに迫って来る筈です。
私は学者でも何でもないので、机上の論理ではなく、いち早く地球規模のクライシスと地球規模のルネッサンスを直感的に感じていただけだろうと思います。
さぁ、そのアモンの哲学が言うところの「共存共栄」の時代とは?
この続きは、更なる続編ということになりそうです。
それでは、今日はこの辺で!!