前回の記事で私は、平等という不自然な考えの持ち主ではないと言及していますが・・・。
平等と対等の違いについて、あまり触れられていないことに気づきました。
平等とは平らに等しくであり、対等とはかなり違うどころか・・・不思議なことに何でも平等にするほど、不平等?あるいは不公平にならざるを得ません。
よく頑張った人も、適当に手を抜いた人もみんな平等に賃金を払う!?
ピッチャーもキャッチャーも、あくまでも平等に同じ練習カリキュラムを与える!?
さぁ、平等とはそんな馬鹿げた不自然なものだということは、火を見るよりも明らかな筈です。
一方、似て非なるものでもある「対等」は、それぞれに違いながらも、実は不公平ではなく上下関係でもありません。
最も分かりやすい例が「じゃんけん」だと言えば驚くでしょうか?
私はこの「じゃんけん」という風習は、日本独自のものだろうと思っていましたが、なんと!イギリスでもアメリカでも、ドイツでも中国でも・・・もうほとんど世界中でと言ってもいいくらいポピュラーなものでした!
日本と同じように、石とハサミと紙というキャラクター?も、どれが何に強くて何に弱いかも含めて日本と変わらないことに、私自身が驚いているくらいです(笑)
これこそが、実は「対等」の見本と言ってもいいくらいシンプルなものです。
グーはチョキに強くてもパーには弱い。
そのパーもチョキには弱い・・・さぁ、何が一番強いのか?という命題さえナンセンスな話になってしまいます!!
人間は平等であらねば、という不自然な理想を掲げる前に、先ずはこの「対等性」に気づくべきではないでしょうか?
平等や博愛と言えば、なんだか高尚な理想的精神のようで・・・実は馬鹿げた観念に過ぎないという私の持論は、確かにあまり一般的ではないかも知れません。
平等を目指す前に「対等性」に気づく、博愛の精神を持つ努力をする前に、自らの「エゴや無知」に気づく。
大切なのは、そんな反対側からのアプローチではないでしょうか?
そんな私の哲学が「根本問題ゼロ」の哲学だということを、近いうちに三枚にさばいてお目にかけます!
それでは、今日はこの辺で!!