混迷の時代を生き抜く哲学 2 | 慧アモンの和可知愛フォーラム

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さて、続編です。

前回の記事では、和の精神の中身に直接言及していません。

その和の精神や心よりも更に大きな「大和」の心とは?

これを敢えて英語に置き換えると、何故かとても分かりやすくなります。

大いなる調和ということで、グレートシェアリングはどうでしょうか?

まぁ、英語にもそんな熟語が無いとしたら・・・私の造語ということでギネスブックに申請しておきます(笑)

そんな横文字や外来語はさておいて、我が国の古くからの言葉  「やまとことば」こそが本日のメインディッシュ?に なるかも知れません。

大和は国のまほろば・・・この「まほろば」は、現代風に言えば「たとえようもなく美しいところ」を意味しています。

ま・ほ・ろ・ば・・・どうですか?この響きや語感。

もういくつか、やまとことばと現代語を並べてみしょう。

希望・・・のぞみ 

心に浮かぶ姿・・・面影

協力・・・お力添え

少しの間・・・玉響(たまゆら)

夜明け前・・・東雲(しののめ)

優しい動作・・・たおやか



この響きや余韻・・・そして、何よりもギスギスしていなくて、ちょっとあいまいでビジネス用語にはあまり向かない言葉だろうと誰もが思う筈です。

こんなたおやかな言葉で、口論や喧嘩や戦争などもあまり考えられない気がします。

これこそが和の心、大和の心・・・つまり争わない心ではないでしょうか。

実は、倭(やまと)に大和という字を当てたのは聖徳太子の可能性が!?

もちろん、これは私のインスピレーションに過ぎません。

そもそも最近では聖徳太子は実在しなかったという説もあり、捏造説を主張する学者もいることは私にも分かります。

さぁ、聖徳太子に限らず歴史はある程度遡るとみんなミステリーです!

卑弥呼?アマテラス?神武天皇?義経?キリスト?ジンギスハーン?

みんないつどのように最期の時を迎えたのか、そして墓の場所も数も含めて、様々な伝説やスキャンダルに彩られた歴史のスーパースターではないでしょうか?

何故?そんな中から聖徳太子だけが捏造とされるのか、私は不思議でなりません。

用命天皇の子供として「厩戸の皇子」が実在していても、聖徳太子は実在の人物だという確かな証拠がない?

実は、聖徳太子は名前ではなくあくまでも尊称とか敬称だから当たり前のことです。

そもそも私に言わせたら、後の誰かが捏造した人物がイエスや仏陀並みのカリスマ性があるというあたりが、いかにも捏造説の方が怪しいという根拠です。

この現代でさえ、架空の人物が・・・例えば「初音ミク」が、何百年か後に本物の人物として歴史上のスーパースターになるでしょうか?(笑)

やはりバーチャルにはバーチャルの限界が、自ずと存在する筈です。

まぁ、聖徳太子の話はまた機会を改めて・・・もっとトコトン私でなければ書けないランクで再登場させることにします。


大和の前にこの国は「倭国」だったことだけは、はっきりしています。

中国の古い文献「魏志倭人伝」に、卑弥呼のことや倭人についての記述があることは誰もが知るところだろうと思います。

倭にしても卑弥呼にしても、なんだかあまり美しい漢字ではありません。

この倭を「和」にしたあたりから始まって、大和の字が誕生したのは8世紀の頃とされています。

聖徳太子の没後、さほど年月が経ってはいない時期です。

もちろん、大和という言葉は卑弥呼の時代の「邪馬台国」と無関係ではないという説もあります。

この邪馬台国にも九州説と畿内(奈良のあたり)説があり・・・歴史のロマンとさえ言われている訳ですが、私は邪馬台国は九州で大和朝廷は畿内で直接的なつながりは無かったのかな?と、学者とはまた違う感性で捉えています。

そもそも卑弥呼の時代から聖徳太子の少し前の時代までの四百年ほどは、日本にも中国や他の外国にも何の歴史的記述も残ってはいません。

さぁ、そろそろ私の頭もかなりのミステリー中毒になりつつあります!(苦笑)


ということで、今日はとりあえずあっさり退散します。



それでは、この続きはまた続編で!!