3,11直後の時の詩をもう一度 | 慧アモンの和可知愛フォーラム

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哲学、アート、次世代の価値観




永い冬の遠い道でも

人はそれでも歩き出す

どんな時もどんな時でも

命の詩は終わらない



人は歩き・・・人は生きる

人は泣いて・・・人は笑う

理由なんか追いかけないで


no reason that's for ever

永遠に・・・永遠に





嵐の時は晴れる時より

生きる力も強くなる

どんな時もどんな時でも

命の詩は終わらない




人は求め・・・人は生きる

人は別れ・・・人は出会う


理由なんか追いかけないで

no reason that's for ever

永遠に・・・永遠に・・・永遠に。






今回の九州を襲った前例のないような地震に関しては我ながら・・・まだ適切な言葉も見つからないというのが本音です。

あの3,11の時も、そんな我が身の無力感に苛まれながら過ごした記憶があります。

そして、そんなある日・・・気がつけば無意識にギターに手をかけ、心の中からまるで泉が湧き出すように生まれて来たこの歌を、何度も何度も涙ながらに歌っていました。


何故この日本に・・・そして何故九州に?

何故ある人は亡くなり、何故ある人は助かるのか?


何故という問いかけ自体が虚しいような、そんな気がするほど人間の営みは・・・大自然からみればちっぽけなものなのかも知れません。

それでも・・・私は人間です!

あなたも人間です!

何があろうと、人間として生かされている以上・・・人間として生きていかなくてはならないとも思います。

激動の時代に、そして本当の意味での新世紀に向けて始まった新シリーズは、最終的には何処へ向かうのか・・・改めて、深く掘り下げてみたいと思います。

悲しい出来事も苦しい出来事も、それ自体が目的だとは思えないからです。

過去向けの何故ではなく、未来向けの何のためにという何故に、少なくとも私は変えて行こうと思っています。


アモンの哲句の真価が問われ、そしてその評価を見届けるまではもう少し年月がかかるとは思いますが、今後ともお付き合い頂ければ幸いです。

それでは、また近いうちに!