中学2年の夏、俺は国立競技場のスタートラインに立っていた。
男子110メートルハードル決勝。
東京都の代表を決める大一番。
結局 有終の美は飾れなかったけれども、確かに俺は国立競技場のスタートラインに立ったんだ!!
今は跡形もなく消えてしまった競技場。
すっかり姿を変えてしまったトラック。
けれど、あの日の想い出は決して変わらない。
消えた東京。
消えゆく東京。
そして、俺たちが愛した東京!!
あれれれれれ、キレイに決まったんじゃないの!?
元祖国立競技場は趣があって好きだったんですけどねぇ、なんだか新しくなっちゃって…
国立競技場に続き、後楽園球場のお話もしちゃおっかな!!
初めて後楽園球場に行ったのは小学4年生。
父親と一緒に観に行った『巨人×大洋戦』
プロ野球を生で観るのは その日が初めて。
誰が投げて 誰が打ったのか、試合内容は全く覚えていないんだけれど…
強烈に記憶に残っているのは、試合終了と共に観客が球場内になだれ込んだこと。
もちろん自分もそれに紛れて 外野席のスタンドを乗り越えたわけで!!
親父は 息子が人混みに消えていくのを眺めながら「迷子になるんじゃないか」と心配していたらしい。
そんな親の気持ちなんて知るよしもなく、興奮しきった平野少年は その年に初めて使用された''人工芝''を 夢中になって撫でまくっていたんですよねぇ。
あっ そういえば、もう1つ覚えていることがあった。
あの時食べたホットドッグのソーセージの皮がパリッパリで、メチャクチャ美味かったぁ~!!
その後 野球にはまった平野少年は 貯めたおこづかいの100円を握り締め、自転車に跨がり 足繁く小岩から後楽園まで通いました。
日曜日のデーゲームは しょっちゅう観に行ってたなぁ。
「小人 外野席 ¥100」のチケットを買って球場に入り 係員にバレない様にネット裏に忍び込み、空席を見つけると そこがその日の俺の席!!
時は経ち、高校3年の夏。
平野は後楽園球場のスタンドでビールを売っておりました。
「21歳」と 年齢を偽って…
当時のビール売りは力仕事!!
陸上部を引退して身体が鈍っていた平野には格好の仕事だったんですよねぇ。
さてさて、5月11日に発売された平野の愛読雑誌『昭和40年男 vol.61』
巻頭特集の『俺たちが愛した東京』にちなんで、「国立競技場」と「後楽園球場」について当時の記憶を掘り起こしてみましたが
実は…
編集部の力のこもった巻頭特集はあっさり飛ばして、別の記事から読み始めた
平野です!
いやいや、巻頭特集はガッツリ集中して読み込みたいから!!
気になるコーナーは まず先に読み終えちゃってね🎵🎵
ん~、とにかく 読書タイムがもっと欲しい~!!
この写真、旧国立競技場の最後の聖火です!!