東京電力の会長が福島原発の1号~4号炉を廃炉にすると発表。枝野官房長官は発表しなくてもわかりきったことというような意味の返事。
確かに分かりきったことだ。
でも東京電力内部では会長がそう発表しないと廃炉を前提として動けない状況があったのかもしれない。それが組織といえば、それはそうなのだが。
これで現場も廃炉を前提に動ける。
でも、もし、そうなら、決定発表が遅すぎるのではないか。
おそらく廃炉にする決定は社長にしかできない判断だったのではないのだろうか。
そんな時期に社長が倒れるとは...。
想定外だったのかもしれないが、組織ならそんな事態を前提として危機管理マニュアルは作ってあるはず。それでも人間のやること。上をうかがう部下がいる限り、危機管理マニュアルは空洞化してしまう可能性がある。
社長の指示を待つという大義名分が判断を遅らせることも対策マニュアルにぜひ入れてほしい項目だ。
さて、阪神大震災時の関西電力は秋山社長時代だった。
震災当日の秋山社長の行動は、都市伝説になっている。噂である由をあらかじめことわっておきたい。これによって関西電力と当時の秋山社長をどうこう言うつもりは全くないので。
震災当日朝、秋山社長は東京での電力会社の会議へ出席するために飛行機で上京したと言われている。会議に到着した秋山社長を迎えた他の電力会社の人たち(おそらく社長)は、秋山社長に対し、「こんなところにいてていいのか。」と問いただしたそうだ。
関西で何が起こっているかを知って動いたのか、知らずに動いたのかは定かではない。
知っていて、副社長に全権を任せるつもりだったのかもしれない。
関西電力はそんな場合の危機管理マニュアルがきちんとしているのかもしれない。
ただ、その後の発表では、秋山社長はテレビ会議で関西電力の東京支社から陣頭指揮をとり、関西の交通が寸断されているから、東京から指揮をとることを思いついたということになっていたかと思う。
秋山社長が東京へ移動したことは幸いだったのは事実だ。
危機管理は、人が行うという前提で行わなければならない。関西電力の教訓は東京電力にいかされていたのだろうか。