映画の話が続きますが、先週久々に1人で映画を観てきました。
観たのはこちら。
「遺体 明日への十日間」
東日本大震災で被災した岩手県釜石市が舞台となっており、
震災後の遺体安置所での実話を映画化したものです。
観に行くにあたって少しの恐怖と戸惑いがありました。
遺体収容後の検案や遺体安置所の中についてはほとんどテレビでは放送されることはなかったと思います。
日航機墜落事故の時もそうだった。
あの時まだ私は子供でテレビすらもあまり観ていなかったから事実が良く分かっていなかったけど、
大人になってから日航機墜落事故の際の遺体収容について書かれた「墜落遺体」という本を読み、
いかに大変な事故であり無残なものだったのかを思い知らされました。
泣きすぎてあまりにも辛くて読めなくなり、結局読み終わるまでに半年かかった本でした。
この「墜落遺体」の本を読んでいたからこそ、
震災の遺体収容や身元確認は困難を極めたに違いない…と安易に想像できました。
そしてその遺体収容や管理・検案が映画として映像化されたと知り、これは絶対に観に行こうと決めたのです。
辛かったです。
観ている間ずっと心臓の上に重たい鉛があるかのように息苦しかった。
感動も希望もありませんでした。
誰かの言葉に心打たれたわけでもなく、どのシーンがどうとかいう訳でもないのに、
あまりにも悲惨な光景に、そしてこれが全て現実で起こったことだということに自然と涙がただただハラハラと出てずっと止まりませんでした。
特に子供の遺体とともに遺留品として黄色いカバー(よく新1年生がつけている交通安全のカバー)がつられた男の子のランドセルが、
泥がつきベチャベチャになったままビニール袋に置かれていたシーンは1番辛かったです。
長男が毎朝背負っているものと同じだったから・・・
そこばかりは声を殺してたくさん泣きました。
「墜落遺体」の本の中にあった「誰かに看取られて死ねる人は幸せです」という言葉が、
終始頭をよぎっていました。
でも私が映画を観た重苦しさの何倍も、何百倍も、
被災者の方や捜索、遺体管理に関わった方々は苦しいのです。きっと今も・・・。
そういう気持ちを抱きながら生きている方々がいるということを、私は忘れてはいけないと思う。
運び込まれた遺体をやさしくていねいに扱ったり、
遺族に優しく声をかけたり、
少しでも早く遺族のもとに帰したいと必死になったり…
この映画を観てどんなに極限状態でも人の優しさはあるのだと気がつきました。
印象的な言葉がありました。
「僕たちには、言葉がある」
誰かを亡くした時、人は無力感に襲われたりしますが、
「言葉」ってほんの少しかもしれないけれど人の心を温めたり、ほぐしたり、そんな役割を果たしてくれる。
それが残された人間にできることなのだなと。そう思います。
今は原作となった「遺体 震災、津波の果てに」を読んでいます。
原発や復興のことはマスコミや新聞で取り上げられています。
でも私は震災のことに関してまだ分かっていないことがたくさんありすぎる。
本を1ページ読み進めるとともにそう実感します。
以前たまたま被災者の方がブログでこう書いていました。
「震災から年月が経ったけど、取り立たされるのは美談ばかり。
復興と言ってはいるけれど、本当はちっとも前に進めていない!!今も苦しい…」と。
映画を観て、本を読んでからその言葉の意味が少しは理解できるようになったかもしれません。
子供達がもう少し大きくなったら「墜落遺体」の日航機墜落事故の話とともに語り継いでいきたいです。
「風化させない」ということも、残された人間の大切な役割だと思うから。
観たのはこちら。
「遺体 明日への十日間」
東日本大震災で被災した岩手県釜石市が舞台となっており、
震災後の遺体安置所での実話を映画化したものです。
観に行くにあたって少しの恐怖と戸惑いがありました。
遺体収容後の検案や遺体安置所の中についてはほとんどテレビでは放送されることはなかったと思います。
日航機墜落事故の時もそうだった。
あの時まだ私は子供でテレビすらもあまり観ていなかったから事実が良く分かっていなかったけど、
大人になってから日航機墜落事故の際の遺体収容について書かれた「墜落遺体」という本を読み、
いかに大変な事故であり無残なものだったのかを思い知らされました。
泣きすぎてあまりにも辛くて読めなくなり、結局読み終わるまでに半年かかった本でした。
この「墜落遺体」の本を読んでいたからこそ、
震災の遺体収容や身元確認は困難を極めたに違いない…と安易に想像できました。
そしてその遺体収容や管理・検案が映画として映像化されたと知り、これは絶対に観に行こうと決めたのです。
辛かったです。
観ている間ずっと心臓の上に重たい鉛があるかのように息苦しかった。
感動も希望もありませんでした。
誰かの言葉に心打たれたわけでもなく、どのシーンがどうとかいう訳でもないのに、
あまりにも悲惨な光景に、そしてこれが全て現実で起こったことだということに自然と涙がただただハラハラと出てずっと止まりませんでした。
特に子供の遺体とともに遺留品として黄色いカバー(よく新1年生がつけている交通安全のカバー)がつられた男の子のランドセルが、
泥がつきベチャベチャになったままビニール袋に置かれていたシーンは1番辛かったです。
長男が毎朝背負っているものと同じだったから・・・
そこばかりは声を殺してたくさん泣きました。
「墜落遺体」の本の中にあった「誰かに看取られて死ねる人は幸せです」という言葉が、
終始頭をよぎっていました。
でも私が映画を観た重苦しさの何倍も、何百倍も、
被災者の方や捜索、遺体管理に関わった方々は苦しいのです。きっと今も・・・。
そういう気持ちを抱きながら生きている方々がいるということを、私は忘れてはいけないと思う。
運び込まれた遺体をやさしくていねいに扱ったり、
遺族に優しく声をかけたり、
少しでも早く遺族のもとに帰したいと必死になったり…
この映画を観てどんなに極限状態でも人の優しさはあるのだと気がつきました。
印象的な言葉がありました。
「僕たちには、言葉がある」
誰かを亡くした時、人は無力感に襲われたりしますが、
「言葉」ってほんの少しかもしれないけれど人の心を温めたり、ほぐしたり、そんな役割を果たしてくれる。
それが残された人間にできることなのだなと。そう思います。
今は原作となった「遺体 震災、津波の果てに」を読んでいます。
原発や復興のことはマスコミや新聞で取り上げられています。
でも私は震災のことに関してまだ分かっていないことがたくさんありすぎる。
本を1ページ読み進めるとともにそう実感します。
以前たまたま被災者の方がブログでこう書いていました。
「震災から年月が経ったけど、取り立たされるのは美談ばかり。
復興と言ってはいるけれど、本当はちっとも前に進めていない!!今も苦しい…」と。
映画を観て、本を読んでからその言葉の意味が少しは理解できるようになったかもしれません。
子供達がもう少し大きくなったら「墜落遺体」の日航機墜落事故の話とともに語り継いでいきたいです。
「風化させない」ということも、残された人間の大切な役割だと思うから。