日本人は、とてもおとなしい民族であるとよく言われます。それは良い意味では、人と争わないとか、過激な暴動が極端に少ないなどのような部分があり、悪い意味としては、いわゆるお上の言うことはどんなに理不尽だと思われても従うとか、あるリーダーが悪い行動をしていても無批判にそれに従う、などがあります。ある人はこういうかもしれません。従属することは別に悪くはないでしょう。従属することで事を荒立てず、物事が進むのであるから、この性向を問題にすること自体がおかしい、と。本当にそうでしょうか。私は、これは日本が悪くなった一つの心理的原因だと考えています。では、私なりに考察してみます。
時代をさかのぼること、縄文時代。原初的な共同体が生まれ、外敵や災害に対して、一致団結してことに対処することが最善と考えられました。その共同体を効率よくまた強くするためには、当然にリーダーの存在と、リーダーの指揮の下、下の者達がリーダーの意志に従う必要があります。軍の指揮とか、国家ビジョンなどは、それに向けて一致団結することが重要であり、それは古代でも同じことです。そして、リーダーに従うとは、少なくとも外見的には従属的である必要があり、外敵などから共同体を守るためには当然に必要な態度だったのです。共同体を良くするという大義の下、多くの者が進んで従属的になったのです。リーダーの進む道自体に反対があったかどうかはここでは抜きにします。このような共同体が一つになって、一つの意識体となって大業を成すということは、規模の差はあれど、国家と同じことです。一つの意志ということ自体は全然悪くはありません。まずここまでで確認したいことは、外見的とは言え、多くの者が少数の上部組織の者に対して、従属的であることが是とするような状態が根底的に存在していたということです。次に、従属的であるべきだという理屈が存在したとは言え、リーダーの指揮する方向が間違っていたり、従属する方の利害関係と全く反対であった場合、非従属的になるということも十分に考えることができるところです。中国のことわざで、上の政策あり、下に対策あり。というものがあり、歴史的に上からの搾取や収奪を経験してきた中国人は、従属であることは危険と判断しているのです。さてそれで、中国にみるように、非従属的であるという状態もあり得るにもかかわらず、日本においては、そのような状態ではありません。これはどういうことなのでしょうか。3つあると思います。1つはリーダーが素晴らしく、多くの人の意思を十分に汲み取った善政をした。2つ目は民衆が大変優秀で、また性格的に同質で、リーダーの能力に左右されず、良い方向へ進めることができた。3つ目は、その折衷です。いずれにしても、リーダーは民衆から出るとすれば、日本人の質自体が大変素晴らしかったという事が言えるようです。質が良いということは、自分だけ出し抜いて利益を得るなどのワンマンプレイがあまりなかったことを意味し、リーダーが指揮し、民衆が従属的にそれを支持するという構造が強固に存続していったのだと推測します。そして、この構造が強固であり、民衆にとってほとんど不都合を感じなくなってくると、どうして不都合がないのか、リーダーがこれこれこういう指揮をしたから、我々民衆は恩恵を受けているなどのような構造分析をしなくなりました。これは、ある営業マンがいて、最初は信用できないから、商品の詳細な説明や会社の概要など多くの情報を吟味し、商品を買いますが、その後信頼関係が構築されていくと、新商品であるにもかかわらず、その営業マンの言うなりに、商品を買ってしまうということがあるものです。それと同じ心理で、最初の数回は緊張感を持ってリーダーの指揮を吟味、監視していたが、そのうちに信用できるからと言って、監視の目が緩みます。このとき、他の国であれば、リーダーは恐ろしく悪いことをし、民衆にダメージを与えるものですが、日本の場合は、そのようなことは少なかったことと推測します。なぜなら、民衆へのダメージが深刻であったならば、ダメージを受けた原因である従属的であることを止めるからです。しかし、従属的な性向が存続しているということは、深刻なダメージが少なかったということであり、リーダー引いては、民衆つまり日本人の質が良かったということでしょう。これだけだまされる日本人は、今まであまりだまされてこなかった。つまり、日本人全体の質が大変高かったという証左なのです。もっと言いましょうか。現在の日本人が騙されるという事は、騙されるような人の良い祖先が大勢いて、騙されても生きてこられるような社会構造になっていたということです。少し難しい表現ですが、簡単に言うと、騙される人は、不利益をこうむるわけだから、普通自然淘汰され、自分の騙されるという遺伝子、つまり子孫を残すことができなかったでしょう。しかし、現在騙される人が大勢いるという事実は、騙される人でもあまり騙されてこなかったという日本社会の素晴らしさを証明するものなのであるということです。中国を見てみてください。騙されるような日本人的な人が生き残れますか。現在の中国人の性向の悪質性は、騙されない人または騙す人が生き残るという歴史的な自然淘汰によって、形作られたものなのです。
じゃあ、日本という国はやはり、大変素晴らしい国だから、従属的であってもいいじゃないか。というような話になってきそうですが、現代は時代、人が今までと当然違いますし、グローバル社会となってきており、日本一国だけで完結する話ではないので、単純に結論を出すことはできません。この項では従属的であるということの短所を、いくつかの背景を元に書き出したいと思います。
①日本人の質が変化した。⇒日本人の価値観が変化してきました。それは、明らかに悪くなっていると思います。信頼関係を毀損した結果生じた、凶悪な犯罪や騙しあいなど、多くの事件が起きています。戦後、価値観が金や利己主義に方向性が変わったと思います。その原因としては、いくつも上げることができるでしょう。ある人は憲法の個人主義、戦後教育などに原因を求めることできるといいます。まだまだいくつもあることでしょう。原因はたくさんあるにせよ、結果として日本人の性向が変化しました。その変化は、利己的、騙しあい、拝金主義などです。さて、このような性向を持った人々に対して、従属的であるということはどういうことでしょうか。自分が大いなる不利益を受けるということです。例を挙げましょう。銀行や郵便局の貯金金利は、0.02%前後(良くても0.2%くらい)ですが、これは国債の償還と深い関係があり、簡単に言うと、国民は騙されているのです。知らない人は、郵便局やJAさんは信用できるからということで、盲目的な従属に当たるし、知っている人は、なんとなく、いざとなったら、国が助けてくれるという依存的な従属に当たります。悲しいことですが、全体的に言って、現代の日本人は信用できない人が昔に比べて多くなったと思います。または、表面的な付き合いしかしない人達が大勢いると思います。このような状況下で、あの人が言ったからとか、あの機関がやったことだからと言って、従属的な態度であるならば、大変な不利益を受けることになります。まあ、私のブログを読む頭の回転のよい人は大丈夫として、そうではない無知で、考えることのできない人達が危ないのです。そもそも、自分で考えることができないからこそ、つまり自分で最善だと思える判断ができないからこそ、従属的にならざるを得ない、つまり人に頼らざるを得ない、ということでしょう。そのような人達を、バカ番組、バカ報道などにより、さらに無知にし、さらに従属的態度を助長する。あるドイツの政治家が言っていたことに、人々が思考しないことは、政府にとって幸いだ、というものがあります。話が飛びますが、衆愚政策は、支配するためには、とても都合の良い政策なのです。無知、バカ、白痴、単純思考などは、自分では判断し、進んでいくことができないために、力の強い、頼りになりそうな人に従属することになる。そして、頼った人から不利益なことをされても、その人から離れることはまた一人荒野に投げ出されることを意味しているので、限界まで不利益を我慢することになるか、活き殺しかうまく利用されるという結果になることでしょう。これでもまだ、従属であることを放置しておきますか。また、頼られた方は、頭が切れる人であればあるほど、頼ってきた人が不利益と感ずかれないように、活かさず殺さずなどの、いわゆるゆで蛙シンドロームのような方法を取るはずです。なので、気づいたときは、もう時すでに遅し、の状態になるのです。多くの悪いことを先送りする性向や事勿れ主義などがあいまって、従属的である日本人の多くは、大変な不利益を受けることになるのです。しかも、先送りした分、雪だるま式に増えたつけを一気に受けるのです。恐くなりましたでしょうか。でも、それが真実です。先送りせず、この時点で変えましょう。
②グローバル化⇒日本人の性向が悪く変化したとは言え、まだまだ他国に比べてよい方だと思います。しかし、国際化がどんどん進んでおり、インターネットを利用すれば、全世界の人とかかわりを持つことができ、自動翻訳ソフトの進化により、言葉の壁を感じることなく、他国の人とコミュニケーションを取ることができるようになりました。また、貿易障壁が今後どんどん撤廃(TPP加盟)されていくことになるでしょうが、それにより、モノや人、サービスなどがすごい勢いで入ってくることでしょう。明日から、隣近所が中国人だらけという像を想像できるでしょうか。中国やアラブ人など、商いのしつこさは、定評があります。悪い意味も含まれていると思いますので、日本人は騙されずに済ませることができるでしょうか。また、中国人や韓国人が日本の土地を買いあさっているということはご存知だと思いますが、力をつけた中国人などに従属することをしますか。当然するわけないじゃん。と思った方は、危ないです。せざるを得ないという状況もありうるのですから、防御策を考えず、ただ現状のままいるのであるならば、痛い目を見ることになりかねません。アインシュタイン曰く、おお、神よ。欧米の悪徳がこの笑顔で溢れる日本に入ってこないように、と。無垢でお人よしで人を疑うことがない日本人は、欧米、アジアなどの悪徳を持った人達と対峙できるでしょうか。
さて、従属しないためには、どうすればよいのでしょうか。既に上げておりますが、
①知識、知恵、経験値を溜める。⇒従属せざるを得ない人は、その人では判断がつかないとか、力がないとかなので、自己判断などがつくように多くの知識と考える知恵をつけるように努力することです。知識は本や人の話を聞けばいいですが、知恵のつけ方は難しいかもしれません。知恵をつけるには、私なりに言えば、本質を見ることだと思います。
②視野を広げること。⇒日本人だけをみていると、自分は今のままでよいな、ということで思考停止してしまいますので、海外の人間はどのようなものなのかとか、幅広いスケールから自分や日本人を見るということをすると、いかに日本人は従属的であるということが分かると思います。そして、従属的であるということの不利益を良く考えることです。
こんなところでしょうか。従属は、自分以外に運命を託すと言えますが、それは楽ですが、最善の選択肢ではないですね。不利益をこうむることもあると思います。なぜなら、頼った相手は人間なのですから。