インドを振り返って
(以下かなり個人的意見です)
長かったようでとても短かったインド滞在。
1年10ヶ月。。
ヨガの資格を来て直ぐに取り、そこから私の活動範囲は広がった。
掲示板に、新体操をやってました。と一言投稿すると、是非教えてくださいという問い合わせをいただき、新体操を教え始めたのがきっかけで多くの日本人の人と出会うことが出来た。
日本人幼稚園で教え始めたのも、実はインドだし免許持ってなくても石巻の託児所運営の経験を生かして幼稚園教諭出来んじゃないか。。という冷静に考えておかしな事にダメもとで幼稚園教諭の募集に応募。
校長先生から、教諭は無理だが履歴が面白いのでお会いしましょうーとなり
会いに。
で、私は体育館で新体操教えさせて欲しい。
とお願いし、習い事は学校では出来ないと断られ、
でも日本人幼稚園でヨガの先生してみませんか???
即答で ハイ。
子供も居ない私はインドに来て一週間で、家にずっといるのは無理だと悟り
ホテルのネットでインド事情を色々調べる。
だからこんな幼稚園での話は本当にありがたかった。
ヨガの資格を取ったとはいえ、ヨガを子供に教えるのはとても難しい。
私は大学卒業後すぐに、幼児体育の会社にいて集団体育教える経験を少ししていたのでその経験がインドで大活躍!!!
ココで役に立つとは!!!という驚き。
幼稚園の先生たちとも子供の保育について真剣に語って
プライベートでもとっても仲良くなった。
先生達に出会って、教育分野って深いし
面白いなあなんて感じた。
インドの学校事情は実際一校だけしか実際見れなかったのが残念。
インドの先生の質を上げるのは結構難しいんだけど、
インドはまだまだどこの学校にはいってるというステイタスは大き気がしていて、
大人達も受験戦争で育って来たからわかるわけがないんだけど、
富裕層はともかく、インド人のメイドレベルに識字率を増やすほうがいいと思ってる人は少ない気がしていて、自分で考えられないように、そう育っている気がしてならない。支持されないと動けないその方が両者"ラク"なんだろうなあ。
とも思ってる。自立する。とかそんな事はあまり重視してないんではないかなあ。
だって結婚しても金銭的な支援も家族でするし、子供が独立して老後は子供に全て世話してもらうのがインドだものね。
だから日本で生まれ育った私はたまにどう声をかけようか戸惑うことも多い。保護者にたいしても選手にたいしても。
子供は大人達をみて育っているからねえ。
活動の話に戻ると、
個人的にやってた新体操クラブも、交通費を頂く程度で始めた。
インドは場所探しが本当に大変で合計5回1年半で移動した。
保護者の人が捜してくれたりもしたし、困った時はパパッと決まったりするものだったりで、場所が変わることに関しては苦労はなかった。
それでも最初からずーっと私の体操に来てくれてる子も何人もいて、
子供の成長を保護者の方と話せる時間が本当に好きで、充実した時間だった。
Gurgaonでも場所捜しを始め、保護者の方に勧められた場所へ行って、
オーナーに場所レンタルさせてーとお願いしたら、うちでイントラやって。
という話になり、即開始。
そこでも様々な出会いがあり、ネットで私がfuture fitで新体操を教えている情報を知りインド人選手の10代の女の子の選手育成もはじめる。
新体操の経験があるといえどももう初心者。
手具の使い方もわからない子達が、縄、ボール、リボン、フープ、クラブ全ての作品で試合に出場するという無謀さに、さすがインドだなあ。と。
そのうちdelhiからも、片道2時間かけて練習に来てくれる子が4人増え、
大学生の子は指導者の勉強をしたいと私のアシスタントについた。
このアシスタント育成も私にとっては難関。
でもインドにまだ新体操の指導者はゼロ。
だから私のアシスタントがインドで一番最初の
インド人新体操指導者だ!!
しかし、まだまだ。
なんというか、教え方を教えるっていうのがすごい難しい。
口じゃ説明出来ないことも多いんだけど、
口で説明出来なきゃいけないなあ。力不足を感じたり。
2015年夏には大学の後輩をインドに読んで新体操のキャンプも。
これは2週間9時から18:00までというスケジュールで練習し子供達もだいぶ成長した。これがコーチ、選手、保護者の関係性を密にし始めた。
インド人保護者はもちろん、人前で演技をするということにまだ慣れて居なかったり、ダンサーとしての地位が低いインドでは試合以外のパフォーマンスに出ることを極度に嫌う。
これは口でいくら説明しても、なかなか納得してもらえなかった。
私自身も、受け入れるということをしなきゃいかんな。
人ってきっとどうしても自分の基準に人を近づけたい願望が出てしまってあまりにも違いすぎると拒絶反応を起こす。
それが、私にとってはストレスだった。
シリアにいる頃の方が受け入れ態勢が出来ていた気がする。
少し年をとったせいかなんなのか、自分というもがもっと強い塊になっているんだろうと感じた。
どう考えてもおかしい。失礼。気分悪い。
こんなことが日常茶飯事みおこるインドでは適当にいこているのがちょうどいい。
私は全力でメロスのように走る性格だからよけいにストレスだったんだと思う。
メイド、ドライバー、タクシー、などこの辺りの仕事をする人は
違う生き物といっていい位驚きの行動をする。
でも同じ人間なんですよねー。
インドは差別も多い。
マンションのエレベーターはメイドが乗るのと、住人が乗るエレベーターは別。
そんな事が日常にある。
黒人には冷たい。
アジア人の私より、アメリカ人の方が扱いがいい。
女より、男。
平等という文字はこの国にはあまりに合わなく、
それぞれ違う。ここから始まる。
そしてインド人はびっくりするくらいドライ。
やめる、去る事にたいしてあまりI will miss youって感じじゃない。
そう思って欲しいんじゃなくて、
明日も会えるよね。くらいのノリで。
そんな子供みたいに、さみしがったりしないよ。私は。驚きもしない。
とそういう感じ。それよりも今をという感じ。
でもね、すっごいロジカルだなあーって思ったりする。
インド滞在ももう2weeksほどになった。
まだ27日の子供達の発表が終わるまでは気持ちは100%インドなので、
フランス語始めたけど全く頭に入ってない。
目の前のことにいっぱいいっぱいで。
今日もさっき衣装の追加をテーラーにお願いして来たところ。
なんとかなりそうでホッとしてる。
昨日人が多いところにいたので、風邪菌をもらったみたいで
調子が悪い。
病院行ったけど、予約がどの先生もいっぱいだなんてあり得ないだろう事を
言われいらっとする。
今日の選手練習はおやすみ。
インドに来て感じているのは
ただ経験するんじゃなくて
その時何を思い、
どうしたいと思ったのか。
過ぎ行く景色をただ椅子に座って眺めるよりも
その景色の一部になって感じる事。
これが糧になるんじゃなかろうかと。
思ってる。
ただ経験するだけでそれがいいんだと若い頃は思ってたけど
それじゃもったいないね。
なんでこの人はこう考えるんだろうとか、
なぜ。を常に考えてると思わぬところにヒントが見つかったりする。
私は、右から左に流すことが出来ない事が多かった事が
私ってどんな人間なのかが少し観察出来た気がする。
外に一歩出るだけで、埃まみれ、汚い道、舗装されてない道路、
異常に多すぎる車のスピードセーブブロック。。
もう少しでお別れなんだなあー。
さあ、早く体調直して頑張ろう。
2015・9・14