かつて『至高の釣魚料理』というムックを監修したことがある。

 ここで「釣魚(ちょうぎょ)」とは、「釣った魚」という意味で使っている。だが戦前に書かれた釣りの本を探してみても、「釣魚」という言葉は出てこない。

 昭和9年に発行された『釣之研究』という雑誌で、石井研堂が、「暗中模索」というエッセイの冒頭で、「釣魚者(ちょうぎょしゃ)はおおむね」‥‥「釣魚する者はまず」という使い方をしている。

 二つとも要するに「魚釣りをする人」つまり単に釣りをする人という意味しか無い。だが前述の「釣魚料理」では「釣った魚」という意味で使っている。

 つまり釣魚とは、なんとも曖昧な言葉であることがわかる。

 わたしが広辞苑の第6版の改訂に携わった折、「釣果(ちょうか)」、「釣行」という未掲載語を提言したさい、担当編集者に「なぜこんな簡単な釣り用語が広辞苑に未掲載なんですか?」と聞くと、「釣」という文字を「ちょう」読む話し言葉としての使い方が曖昧だったからで、世間に周知された言葉と認識できなかったですよ」という回答をいただいた。

 確かに江戸時代から「釣客(ちょうかく)」という言葉はあったし、黒田五柳が『釣客傳』という名著を書き残している。「剣客(けんかく)」や「墨客(ぼっかく)」などと同じで、「客」とは達人を意味している言葉である。

 それにしても日本語って、難しいもの。たったの二文字の「釣魚」という言葉でさえ、調べてみれば曖昧模糊としているのだから‥‥。