大型スパーなどにも店頭に並ぶ鮮魚の数が少ないことが気になっていたが、政府が発表した「魚介の消費量が過去最低」には愕然とした。海に囲まれた日本は「漁りの民」と呼ばれてきた。牛、豚、鳥などの動物性タンパク質より、魚介から接種するタンパク質が国民の食生活を支えてきたのに‥‥。

 肉も美味いが、わたしは魚介のうま味のほうがはるかに勝っていると信じてきた。料理のバリエーションだって、刺身、焼く、煮る、干す、発酵させると「味変」を楽しめるのも魚介である。

 わたしの実家は代々米屋だったが、昭和40年代頃だっただっただろうか、パン食文化の隆盛で米の消費量が大きく落ち込んだ。すると全米連と全漁連がタッグを組んで、米と魚の消費拡大を図るイベントが行われ、わたしも参加した記憶がある。だがそれほどの効果はなかったようだ。

 魚には「可食部分」が少ないという弱みがある。頭がデカく、骨が多いからである。だが、粗煮にすればレパートリーは広がるし、格段のうま味を味わうことができる。

 何度か赤羽の「魚力」に買いに行ったことがあるが、丸の魚の販売コーナーでは、客の要望に応じたおろし方をしてくれる。魚を丸で買った客は「刺身用に切って」とか、二枚や三枚下ろしを頼むと「15分待って」とか「込んでるから20分待ってて」と言われるその際、売り場で「粗は持ってく?」と聞かれるが、ほとんどの客が「要らない」と答えていたである。

 わたしなんぞは「粗だけ売ってくれない?」と頼みたくなる。この魚屋、様々な魚の粗だけを売っているコーナーがあるが、売れ行きはイマイチのようだった。

 魚の骨までしゃぶる料理法、テレビで特集でもすればいいのに‥‥豊洲市場の鮮魚担当さんがテレビとタイアップしてぜひやっていただきたいものである。

 魚の消費減少も困ったもんだが、天然物の漁獲量減少も困ったもんだ。地球温暖化で魚の生息域が大きく変化したことも一因だが、漁業従事者の高齢化も深刻である。一本釣りでは生計が立たず、網掛け漁師が多くなったが、これも設備投資が大変だし、外国人労働者の力を借りないと漁業そのものが成り立たなくなっている。

 今日告示の都知事選で、「東京都の漁業を見直そう」なんて公約掲げる候補は一人もいない。昭和37年に製紙会社の汚染水による東京都漁連の漁業権放棄の見直し。江戸前漁業の再建、島嶼部漁業の振興などの政策を誰も打ち出さない。情け無い。

 水産大国ニッポンは、どこへ行っ手しまったのだろうか?