人間、遠い昔の自慢話をするようになったらもうお仕舞いと言われる。確かにそうかもしれない。
25歳の頃、わたしは古紙回収のアルバイトをしていた。悪友の2トントラックに古新聞を満載にして州崎の古紙回収問屋に持っていき、計量して買い取ってもらう。当時「蟻の町のマリア」が住んでいた集落である。
その日、数千万円を手にしたら悪友が「このまま勝浦まで行って釣りをしようぜ」と水を向けられた。まだ高速道路が完備していない時代、市原から山越えで勝浦港にたどり着いた。エサ屋もなかったので近くの魚屋でマイワシを100円で買った。カサゴでも釣れればと目論んだのである。
悪友は空鉤仕掛けでボラの引っ掛け釣り。わたしはカツオ船が渓流している港の際をブツ切りにしたイワシをエサにお取り込み釣り。
釣り始めてすぐ、いきなりヘチ竿が絞り込まれて糸が沖に走った。これまで経験したことがない強烈な引きを交わし、時間をかけて魚を浮かせてみると、とんでもない大型のクロダイだった。抜き上げる訳にはいかないし、船曳場の浅瀬までは遠い。
するとカツオ船から漁師が、「兄ちゃん、ちょっと待ってな。タモ持ってってやるから、無理しねぇであしらってな」と声を掛けてくれた。人でも掬えそうな大きなタモに入ったのは、後計量で53センチの年無し(ねんなし)のクロダイだった。これが生涯最大サイズのクロダイだった。
だが狙って釣ったのではなく、カサゴ狙いで「釣れちゃったクロダイ」だから自慢にはならない。
帰路のエサ屋に立ち寄ると、大型クロダイは魚拓にとってくれると言う。そこで釣ったクロダイを見せると、「兄ちゃん、このクロダイ、エサは何を使った?」と聞かれた。「マイワシのブツ切りだ」と答えると、「そんじゃ魚拓にはできねぇよ。ウチで売ってるイワイソメや袋イソメなら良いが、イワシのブツ切りじゃ商売になんねぇもんよ」という言い草だった。
氷も持っていなかったので、古新聞を海水で濡らして持ち帰ったが、味噌漬けにして食べた記憶が残っている。
その悪友は数年後、地元を引っ越してしまい連絡も途切れてしまった。
ちなみに昨夜の釣り番組では「年無し」を「としなし」と表現しているが、これは間違い。クロダイやスズキなどは、「当歳(1年魚)」、「2年(ねん)物」、「3年(ねん)物」と呼び、「年(ねん)が数えられない老成魚」を「ねんなし」と呼んだのである。