三浦しをん原作の『舟を編む』の第3回が放映された。

 彼女は広辞苑第6版から取材をしていたが、辞書造りのプロセスがじつに巧みに描かれている。実は、ドキュメンタリーに近い作品と言っていいかも知れない。

 わたしは広辞苑の第6版と7版の改訂でお手伝いをさせていただいたが、いい勉強になったし、辞書編集部の苦労も垣間見ることができた。辞書改訂に関わる外部協力者は数百人とのことだが、どなたも大学教授だったりと専門家の方々。一介の釣り師で、なんの肩書きも無いわたしなんぞがお手伝いさせていただけるのは異例中の異例。

 第6版の改訂作業のかなり前、わたしは「ここが変だよ広辞苑」のようなコラムを『つり情報』に書いていた。

 ある日、岩波書店の広辞苑編集部からお電話をいただき、ホテルの喫茶室でお目に掛かった。

「藤井様が『つり情報』に書かれている用語の語源解説、全部拝見しましたが、よくあそこまでお調べになりましたね。第6版の改訂では、参考にさせていただきますが、よろしいでしょうか?」と聞かれたあと、

「でも大変しつれいなのですが、あれだけお調べになって原稿書かれても、たいした稿料にはならないんじゃないですか」と突っ込まれた。

「そこで二つご提案なのですが、まずは岩波で本を一冊お書きになりませんか? 『図書館に行こう』というジュニア新書が好評なので『つりに行こう』みたいなテーマで書いていただければ、少しは稿料をお支払いできます。

 それともう一つ。今、広辞苑は第6版の改訂作業をしているのですが、釣りのジャンルの用語の語釈のお手伝いいただけませんか? 実は広辞苑は、初版のときからいくつかブラックホールがありまして、釣り関連用語もその一つだったんです。釣りって用語辞典が一冊もないんですよね。ですから釣りの単行本の巻末に書かれた『用語解説』を参考にするしかなかったんです。でもあれも語源は定かでないし、首を傾げる解説も少なくかったんです。でも『つり情報』に書かれた原稿を拝見すると、広辞苑の間違いも、未掲載語もでひお願いしたいのですが、いかがでしょうか」と、衝撃のお話。

 この広辞苑編集部のT女には、言葉にできないほどお世話になった。

つり人社から出した単行本『江戸前の素顔』では、東大の清水教授からはハゼの生息について、京大の教授や静岡の博物館の学芸員さんから、誤謬のご指摘もお手紙をいただき、落ち込んでいた。

 すると彼女から、「あのご本拝読しましたが、とても面白い内容でした。これまで誰も書かなかった視点にたっての構成と中身、なるほどと頷きながら拝読しました。間違いがいくつかあったと悩んでおられるようですが、間違いはあっていいんです。当然なんです。でも世に出すことがなにより大事なんです。広辞苑だって間違いが山ほどあります。だから『ここが変だよ広辞苑』なんて本が売れるんです。間違いを指摘されて、それが正しければ重版時に直せばいいだけの話です。

 負けないでこれからも書き続けてください」と便せん4枚の手書きのお手紙は、今も宝物としてしまってある。

 素敵な辞書と素敵な編集者と彼らの葛藤の日々。

 それが巧みに描かれた作品である。