「ジャスミンティはsurrealな夢を紡ぐ」 岬 真之著 クリンドル出版 アマゾンで販売
内容説明
村田進一がY市に在る私立F大学を定年退職をしてから、もう2年以上経つ。F大学での10年間の教員生活の前は、国立M大学で35年間教壇に立っており65歳で定年退官していた。退職後に、進一に残された公の仕事は、総説の執筆作業だけになっている。
或る日の午後、二階の自室で総説に引用する文献調べの作業を続けていた進一は、少し休憩しようと一階の居間へ下りて行った。女房がセロファン袋に小分けしたドライフルーツを買ってきてあったので、それを食べながら、紅茶でも飲んでみようと思い立ったのであった。こういう静かな午後には、紅茶はジャスミンティがお似合いだ。南向きの居間の出窓の下に置かれてある革張りのイタリア製の大きなソファーに深々と座って、遅い午後の日差しを受けながら飲む紅茶は確かに趣がある。進一は、セイロン茶の葉を7にジャスミンティの葉を3の割合で淹れた紅茶が一番好きだ。、熱い紅茶を啜りながら、振り返って出窓の外の庭の緑を見ると何故かしら心が和む。普段着ではなく、ちょっとお洒落な服でも着たらもっと楽しい気分を味わえそうだが、そのための着替えが面倒だ。進一は、2階の書斎から持って降りてきた読みかけの文献を読み進めて行った。
定年退職後の気儘でいて、その反面、いきることの目的が無くなってしまった空虚感が身に染みる、この方3年間の日常の中で、心の奥底に沈殿し溜まって来ている滓のようなものから発する泡が、まるで古池の底のヘドロから発するメタンの泡のように、静かに静かに、精神の水面に同心円状の輪のような波を立てるのである。それが、三日おきぐらいに進一が見る不思議で奇妙な一連の夢なのである。カフカの小説ほどの深遠な不条理さを醸す訳ではないが、それでも一種名状しがたい不条理感は進一の見る夢のベースを形作っているようだ。
この1か月ほどで見た夢は下記の様なものであった。色々な夢をみているのだが、思想性など全く垣間見ることは出来ない。平凡で掴みどころのない夢ばかりであるが、それが故に進一の心の奥底の無常感は読者の胸に少しは届いてくれるかも知れない。
夢一夜 見知らぬ訪問者
夢二夜 研究会への出席
夢三夜 パリの交通事情
夢四夜 ゾンビの恐怖
夢五夜 見知らぬ自宅でのトイレ探し
夢六夜 大学キャンパス内での彷徨
夢七夜 投稿論文の掲載までの顛末
ジャスミンティは、晴れ上がった日の静謐な午後によく似あう。心の垢が洗われるような香りが嬉しい。いつの間にか逃れられない諦念に支配されてしまった心にも、何かしらの希望の光が差し込んでくるみたいだ。生まれてこの方、本当に心から笑えることなど一つも無かったような気がするが、ジャスミンティの香りは、内に閉じこもってしまった幸福感をほんの少しだけ復活させてくれる力が有りそうに思える。この先も、ほんの僅かな古びて白茶けた幸福感を探しながら死を迎えるまで生きて行くのだ。いつかジャスミンティのイギリスガーデンにも似た懐かしい香りに支えられながらの長旅に出てみたいものだ。
