鉄道オタクの田村君 パラレルワールド体験記
岬 真之
アマゾンのクリンドル出版でオンライン小説として発売中
あらすじ
田村慎太君は情報工学の専門家で、いまは県庁で働いている。田村君は鉄道オタクで廃線跡巡りが趣味である。或る晩秋の土曜日に廃線上岡鉄道の茂棲駅の付近を見て回ったが、駅から南に百メートルのトンネルの入り口に行ってみたところ、トンネルの先の出口は新緑に満ちているように見えた。その日は不思議に思いながらもそのまま引き返したのだったが、翌年の七月末の土曜日に、恋人の怜子(さとこ)さんと連れ立って、昼ごろにそのおかしなトンネルの様子を見に行ったのである。
すると、茂棲駅側から見たトンネルの先の漆沢駅側の出口は早春の気配であった。怜子さんがトンネルの向うに行って真相を知りたいと言い出し、田村君は怜子さんに引っ張られながらトンネルの向う側のを目指したのである。トンネルを抜けると漆沢駅側の出口はやはり早春の季節で、茂棲駅側の方の真夏の季節ではなかった。さらに子細にみてみると、周りの景色はいつもと変わらないのだったが、怜子さんが見つけたコガネムシの死骸には脚が8本もあったのである。それで、この場所は別の世界ではないのかと言う不安が心を過り、二人はそのトンネルの中を歩いて元の茂棲駅側の出口に戻ったのである。出口の外は真夏の景色で地べたを這いずり回っている蟻の脚は6本であった。二人は、無事に元の世界に戻れたと手を取り合って喜んだのであった
こんな調子で話が展開していくのだが、元の世界に戻れたと思ったのは、実はぬか喜びであり、その後二人は、自分たちは元の世界ではなく、元の世界に非常に近いパラレルワールドに入り込んでしまったことに気付くのである。一番の理由は、その世界では「田村慎太」は「田村愼太」と記されていて、「慎」の字は全て旧字の「愼」の字体になっていることであった。或る日、田村君は、この宇宙を創生した神のような存在が、「田村君と怜子さんの二人がパラレルワールドに迷い込んできた。」ことを感知したらしく、オリオン座の赤い巨星ペテルギウスの超新星爆発を引き起こして、その新星から放出される強力なガンマ線で地球上の全ての生命体を絶滅させようとしていることに気付いたのである。
田村君は、そうした事態が起こる前にパラレルワールドから元の世界に戻るべく、超弦理論との関係で多次元空間を規定している時空理論に関する究極の数式を導くために、理論計算を進めて行くのであった。約1年間をかけて計算が完了し、11次元の時空を記載する数式に辿り着いた。田村君と怜子さんの二人は、この数式から導かれる解を頼りに、パラレルワールドから元の世界に戻るべく、行動を始めたのであった。さあ、どうなることやら。
なお、この辺の話は、なるべく最新の物理学の科学的な知識に則る必要があるので、全体的に内容と説明がかなり難しくなってしまったが、異なる異次元空間の間をどのようにして移動するのか、そしてパラレルワールドBから元の世界であるパラレルワールドAに戻ることが出来ることを、どのような科学的な理屈で知ることが出来たかについてはなるべく詳しく説明しておいたので、頭の体操代わりにじっくりと読み進めてみて欲しい。
この小説は、いわゆるSFであるが、いま流行りのSFファンタジーのように、
「或る日、何だか理由は分からないが、突然異次元の世界に入り込んでしまい、そこで何だか分からないが勇者として大活躍をして、異次元の世界の英雄になり、異次元の世界の美しいお姫様を娶って、楽しく暮らしましたとさ。」
と言うような童話のような筋立てではない。
舞台はありふれた日常生活の場であり、パラレルワールド間の移動に伴って起こった主人公たちの生活状況の僅かな変化について、ドキュメントタリータッチで事細かに語られるだけなのだが、実際にそう言うことが起こることが不思議ではないような感触を覚える読者もいるかも知れない。
事実、筆者がたまに経験するのだが、筆者の大学の教授室や、自宅の書斎で35歳で煙草を止めた筆者は全く喫煙などしはいないのに、部屋のどこからか煙草の匂いがすることがある。もしかすると、部屋の空間の何処かにパラレルワールドに繋がる空間の穴でも開いてて、そこから煙草の煙が漏れ出ているのではなかろうかと疑い、ボールペンで煙草の匂いがした当たりの空間を突いてみたりするのだが(万が一パラレルワールドにつながっている穴でも開いていたら怖いので、指先で突いたりすることは無い)、一向に異常なことは見つかっていない。
この小説で語られるパラレルワールドは、現代物理学のマルチバース理論の一つの可能性をベースにしているが、宇宙のビッグバンの起点となった特異点と言うものを認めれば、私たちの宇宙に重なって存在する別の宇宙があっても不思議はない。宇宙は、その発生からして神の存在を無視しては語り得ない深い謎に満ちた世界である。SFはそうした根源的な宇宙の謎を、疑似科学的ではあるが、あくまでも客観的な視点で淡々として迫ろうとするものなのかもしれない。
筆者が、もっとも推奨するのはカール・セイガン博士が書いた「コンタクト」と言うSFである。著者はコーネル大学の天文学の教授で物理学部長を務めていた優れた科学研究者であった。「コンタクト」は、カール・セイガン博士が生涯でたった一度だけ執筆したSF作品であるが、科学と神との関係を突き詰めて思索した小説であり、一種の哲学書でもある。このSFは、地球人科学者と極めて高度な文明を持つ宇宙人との交流を描いた作品だが、著者の専門知識をベースにした科学的な小説である。物語は、π(円周率)という数学や物理学の基本となっている数の小数点以下数百億桁以下に宇宙創造の神のような存在からのメッセーが1と0の並びで組み込まれていると言うことが明らかになったと言う所で結末を迎えている。セイガン博士の、数学に精通していないと到底出てこない発想に大いに感嘆したものだ。
πや自然定数eなどの数学の基本である数字にメッセージを組み込むなど、神でなければ到底無理である。そして、宇宙は空間も時間もエネルギーも無い絶対的な無の世界の超ミクロな一点(特異点)から生じたと言うモデルが現代の物理学の基本であるが、その特異点には数学と物理学の原理だけは有るのだと言われている。カール・セイガンの書いたSF「コンタクト」はこう言う所まで迫った小説である。読者諸君も、そういう本物のSFを読むべく力を注いでみて欲しいものである。できれば、そう言うSFの執筆にも取り組んでもらいたいものだと思う。
どうせこのご時世、筆者が書いた退屈なSFもどきの小説などをわざわざ購入して読んでくれそうな若者は、かなり科学好きな人しかいないだろうから、このSF本は1年間に1冊でも売れたら大したものだと考えている。
