もう35年以上も前のことになります。3月に僕がやっと博士号を取った年の夏でした。博士号は山陽の大きな地方都市の国立大学の医学部で取りましたが、博士号の口述試験(英語とドイツ語の語学試験はその2か月前に済み、無事に合格となっていました)の前々日に、あいにく急性虫垂炎に罹ってしまい、第二外科の教授の先生の指示で、抗菌薬を多量に服薬し、腹部を冷やしながらの受験でした。バスで中国山地を越えて行かねばならず、ひやひやものの口述試験でした。

 

 医学部での博士号の試験を兼ねた研究発表の30分の講演の後、1名の主査と4名の副査の計5名の審査委員の先生方からの質問に答えると言う口述試験が2時間ほど行われました。その口述試験を終えて、日帰りで、また中国山地をバスで越えて日本海側のわが自宅に辿り着きましたが、処方してもらった抗菌薬が著効を示したのか、翌日には右下腹部の痛みも消えて、また第二外科を受診しましたが、主治医の教授の先生から、「もう完治したようだ。」とのご診断を頂きました。その教授の先生とは未だに年賀状のやり取りをさせて頂いております。もう90歳を超えられたのでしょうか。

 

 さて、その夏の日のほろ苦い思い出に残ったチヌ釣りのお話でもしてみましょう。いつもの車で15分で行ける小さな漁港の海側に伸びているテトラポッドに行き、釣り糸を垂れました。釣り始めてから1時間も過ぎた頃でしょうか。テトラポッドすれすれに流していた浮子にチヌの前当たりがあり、3秒ほど待って当たり浮子が静かに沈んでいくのを確認してから、合わせを入れましたが、チヌなら30センチクラスと思わしき引きがあり、魚を海面に引き上げてみると、やはり予想した通りの中型のチヌでした。「おー、おチヌ様ではないか。」と少し喜んでタモの取り込み、その場ですぐに生き締めして血抜きして、氷の入った小型のクーラーボックスに入れました。その後、30分ほど釣りを続けたのですが魚信は無く、その日は家路につきました。

 

 本当は、久しぶりのおチヌ様にお目にかかれてとても嬉しいはずなのでしたが、その前日に、以前からの知己で中国地方のもう一つの大きな地方都市の大学に勤めていた人からの葉書を受け取っており、その葉書には「うちの大学の助教授(今の准教授)になった。」と記されていました。自分は、急性虫垂炎でしくしくと痛みが続く腹を堪えながら試験を受けてなんとか学位を取れたばかりと言うのに、「彼はもう助教授に昇進したのか。」と自分の不甲斐なさが身に沁み、自分のこれからの人生の行く末に重い不安が過っていました。

 

 翌日は、女房や子供たちと一緒に自宅から車で30分ほどで行ける小さな海水浴場に出掛けましたが、その浜は小石の浜で足が汚れないのと、内湾になっているので波が静かで、なおかつ、けっこう遠浅で子供連れで行くには安全だしなかなか良い海水浴場でした。前日に釣り上げたチヌは氷漬けにして冷蔵庫で保存し、翌朝、刺身にして皿に盛ってクーラーボックスに入れ、その海水浴場に持って来たのでした。家族でそのチヌの刺身を食しましたが、自然の中で食べる刺身はそれなりに美味しいものでした。

 

 海水浴の方はそれなりに楽しく過ごしたのですが、家路につく頃になって、右下腹部に鈍い痛みを感じ、「あれ。虫垂炎が再燃したんだろうか。」と不安が過りましたが、幸いにもその日の夕方には痛みも無くなり、その後現在に至るまで虫垂炎の再発は有りません。僕は、その後、4年ほどして何とか助教授に昇進し、さらに5年後に退官された恩師の後任の教授に選ばれ、約20年間、わが教室の教授職を務め上げました。ちょっとほろ苦い味のするチヌ釣りの思い出です。