その日は、修君は4時半には家に帰ってから、遅いおやつにバナナを1本食べてから、2階の弟と一緒の子供部屋に戻り、机に宿題のプリントを広げて、せっせと勉強に取り掛かりました。修君の得意な算数の宿題だったので、勉強は随分と捗りました。体積の問題が20個ぐらい出題されていましたが、修君は、
「まだまだ、直方体のような易しい図形だから簡単に解けるけど、すごく複雑な図形になると、大変な計算が必要になるんだろうな。」
と、ふと考えるのでした。
 宿題の問題の中には、7個の直方体を組み合わせた立体の体積を求める問題もあって、修君は少し苦戦しました。小一時間も勉強していたら、そろそろ6時になろうとしていました。その時、下の台所からお母さんの声がしました。
「修ちゃん、進ちゃん。もうすぐ夕食だから、そろそろ下に降りてきなさい。今日は、赤魚の煮物だから、楽しみにしてね。お父さんは、残業で遅くなるから、お母さんと修ちゃんと進ちゃんの3人で食べるからね。手を洗ってきなさいよ。」
と、お母さんは忙しそうな声音で言うのでした。


「はーい。」
と返事をしながら、修君は立ち上がり両手を天井に伸ばして欠伸をしました。その時のことでした、修君の鼻先にカレーの臭いが漂ってきました。
「あれっ、今日のおかずは赤魚の煮物だろ。何でカレーの匂いがするのかなぁ。」
と、修君は首を傾げました。でも確かにカレーの匂いが修君の鼻をつくのでした。そこで、修君はクンクン鼻を鳴らせながら、修君の勉強机の周りを嗅ぎまわってみたのでした。すると、修君の勉強机に取り付けてある本棚の左上の方から、カレーの匂いが漂って来るのが分かりました。何もない空間からかなりはっきりとしたカレーの匂いが緩く噴き出しているようでした。修君は、
「もしかしたら、目の前の空間に目に見えない穴が開いているんじゃないかな。その穴から、カレーの匂いのする空気が漏れ出しているんじゃないだろうか。そう言えば、今日の昼に遊びに行く時に、玄関先で黄色いテントウムシがふっと姿を消して、ちょっとしたら、また僕の目の前に姿を現しように見えたけど、そのことと、いま、何処からかカレーのの匂いがしていることと関係しているのかな。」
と思うのでした。


 修君は、ふと気が付いたらしく、鉛筆の先っちょでカレーの匂いのする場所の空間をやたら滅多ら,いろんな方向からチョンチョンと突っついてみたのでした。最初は自分の指で突いてみようとしましたが、もしも空間の中に浮かんでいる穴のようなものの中に指が入り込んでしまったらまずいので、鉛筆に先陣を切ってもらうことにした訳なんです。100回ぐらいあれやこれやと突いてみたのですが、鉛筆が空間の穴に入り込むようなことは起こりませんでした。
「まあ、そんな不思議なことは起こらないだろうな。」
と、修君は思い直して、修君の仕草を怪訝そうな顔つきで眺めていた弟の進君と一緒に1階の居間の半分を占めている大きな食事用のテーブルの所に行くのでした。


 読者の皆さんの中で、そんな経験をした人は居ませんか。このSFの作者の岬 真之さんなんか、今までに何回もそう言う経験をしています。岬教授は、35歳まではヘビースモーカーでしたが、自分の子供たちが成人になる前に肺癌で死ぬことは避けたいと思い、36才の誕生日に一念発起して全面的な禁煙に踏み切り、ニコチンの誘惑に打ち克って、その後40年間はずっと禁煙を継続しています。


 もう15年ほど前のことですが、教授室で論文を読んでいる時に、窓もドアも締め切った部屋の中に煙草の煙のにおいが、何処からか漂って来ることに気が付きました。その日は、教室でたった一人のタバコ吸いの部下の川田講師が留守でしたので、岬先生の教室で煙草の煙のにおいがする訳が有りません。それで、岬先生もボールペンで教授室の中の空間を突いて回りましたが、ボールペンの先っちょが空間に突き刺さって、先っちょが見えなくなるなんてことは全くありませんでした。それからも何回か同じことが有ったのですが、ボールペンの先っちょが空間に突き刺さって、空間に浮かぶようなことはありませんでした。
 
               つづく