釣りの話(その5)沖波止で大漁

 

 まだ、僕が助教授(今の准教授)になる前のことですが、大学の他の教室の友人から中古のゴムボートを大枚3万円で買い、1年間ぐらいそのゴムボートで、いつも行く自宅から車で15分の漁港の沖波止に渡って、釣りを楽しんだことがありました。多くの場合は夜釣りになるので、漁船に衝突されないように非常に注意深く海を渡りました。漁港に着いてから、先ずはゴムボートに空気を入れて十分に膨らませます。大体10分ほどかかる作業です。ゴムボートがパンパンに張るまで足漕ぎ式のエアーポンプで空気を入れていきます。その後、漁港の内側向きの階段付きの波止から静かにゆっくりとゴムボートを海面に浮かべ、予め用意しておいた釣りのグッズをボートに積み込みます。

 

 何が起こるか分からないので、頑丈な救命胴着の着用は必須です。万が一漁船に衝突された時に頭を守るため、ヘルメットの着用も必須です。ヘルメットのてっぺんにかなり明るめの豆電球を取り付けて置きこれを灯します。これならば、どの方向からでも漁船から見える筈です。一番の難所は、波止の海側からの入り口なので、そこでは、沖や港内からの漁船や遊漁船が来る気配が無いことをしっかりと確認にして、10メートルほどを急いで漕いで難所を通り抜けます。あとは、漁船の航路から50メートル以上離れたコースを岸に向かって垂直方向に200メートルぐらい漕いで行けば、ものの5分で沖波止に到着します。沖波止にも、階段が海面まで作られているので、その階段から波止の上に上がり、ゴムボートのもやい綱をしっかりと波止の金属製の輪っこに結び付けます。その後、階段を降りて行って、ボートに積んできた釣りのグッズを波止の上に運び上げます。それが済んだら、ボートのもやい綱を引いて、静かにゴムボートを波止の上に吊り上げます。これで釣りの準備完了です。

 

 あとは、その日の気分と、それまでの釣行の経験を考えて、釣り座を構えますが、沖波止にはファミリーフィッシングの人達は全く来ないので、場荒れが無く、魚もほとんどすれていません。僕は、大方は漁港側に向けて釣り座を構え、チヌとカサゴを狙うことにしていました。沖波止の上には、ほとんどの場合、僕一人しかおらず、若干気が萎えて来るような寂しさですが、大漁への期待はそんな心情に打ち勝ってしまうものです。人間欲が出ると、或る程度は怖いもの知らずの精神状況になってくれます。

 そんな沖波止での或る初夏の日の釣行でしたが、その日は波はほとんど無く、電気ウキがゆらゆらと揺れ、潮の流れも丁度良い状態で1分間で1メートルぐらいの速さで流れていました。

 

 パラパラと小型のボイルのオキアミを撒き餌代わりに撒いてから、棚をウキ下3尋ぐらいにとって、中型のオキアミを餌にして仕掛けを海に投入しました。すると、ものの2分もしないうちにチヌ独特の前当たりがあり、本当たりが来るのを1分ほど待ってから合わせを入れました。かなり強めの引きがあり、30センチクラスのチヌが釣れ上がって来ました。「今日は幸先が良いな。大漁が期待できるな。」と少し喜びながら、次の仕掛けを流すと、またまた2分もしないうちに、今度は前当たり無しの引き込むような当たりがあり、やや強めの合わせを入れてからリールを巻くと、さっきのチヌの時よりは引きが弱いものの、重みのある魚信が伝わって来ました。釣り上げてみると、25センチクラスのカサゴでした。

 

 そんなこんなで、それから1時間ぐらいは、ほぼ入れ食い状態で、30センチクラスのチヌ10匹と25センチクラスのカサゴ8匹をものにすることが出来ました。あと、かなり大きなアナゴも針にかかり、これはタモで掬い上げましたが、長物はタモの網目を通り抜けてしまうので、釣り上げるのかなり苦労しました。アナゴは、持って帰っても、捌きが難しいし、大物のアナゴはあまり美味くないと言う話なので、その場で口元でハリスを切って、海に戻して上げました。魚の口の中に刺さった針は、3日もすれば外れてくれるでしょう。

 

 かなりの数の魚が釣れたので、これ以上の殺生は止めておこうと言うことになり、その日は、早々と釣りのグッズを片付けて、釣り座に海水を掛けてしっかりと掃除をしてから、ゴムボートを海面に下し、釣りのグッズを乗せて、豆電球がしっかりと灯っているヘルメットを着用して、救命胴着の紐がしっかりと結ばれているのを確認してから、沖波止を離れ、漁港の内波止に向けてボートを進めました。十分に注意をしつつ漁港の入り口の難所を通り抜けて、漁港の内波止の階段に辿り着き、その日の沖波止釣りは完了しました。僕の人生の中では、陸釣りとしては3本の指に入る大漁でした。

 

 この話を終えるに当たって、皆さんの注意をしておきます。全国では、特に夜間にゴムボートが全速で走ってくる漁船や遊漁船に巻き込まれる事故がかなり起こっています。僕も、いま冷静に考えてみると、やはりゴムボートでの夜間の沖波止釣りはかなり危険な行為だったと思います。沖波止釣りに凝った1年間を何事もなく過ごせたことは、実にラッキーなことだったんだろうと思います。今なら、夜間の沖波止釣りは絶対にやらないでしょう。趣味と自分の命とを両天秤にかけることは避けるべき行為だと思います。趣味はあくまでも楽しむことなので、自分の大事な命を懸けてまですることはないでしょう。