NHKドラマ「坂の上の雲」

明治日本を駆け抜けた3人の若者たちのリアル成長物語

 

 このドラマは、正直言って、Z世代の若者たちにはあまり受けないのではないかと思います。僕は、司馬遼太郎の小説が大好きで、特に、「翔ぶが如く」、「世に棲む日々」、「空海の景色」、「坂の上の雲」、「竜馬が行く」、「項羽と劉邦」などが大好きで、いずれも5回ずつ読んでいます。いまは、「翔ぶが如く」を読んでいますが、何度読んでも新しい発見の有る小説です。

 

 NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」は、司馬遼太郎の名作を原作とし、2009〜2011年にかけて全13回(1回は75分)で放送された大型ドラマシリーズです。脚本は 野沢尚(第1部)、第2部以降は 池端俊策 が担当し、演出(監督)は 柴田岳志・加藤拓 らNHKドラマの精鋭が手がけました。明治という激動の時代を、若者たちが「上を目指して走り続ける」姿を描いた作品で、歴史ドラマでありながら、Z世代の心にも刺さる“成長物語”として楽しめます。

 

 実を言うと、司馬遼太郎の家族への遺言で、この作品は映画化やドラマ化をしてはいけないと言うことだったのですが、NHKによる熱心な説得で、ご家族が司馬遼太郎の思想を忠実に描くことを条件に、ドラマ化が実現したと言います。司馬遼太郎は、明治日本での日露戦争に至る経緯と、苦戦を重ねて曲りなりにも日露戦争に勝利してロシアとの講和に至る経緯を、膨大な歴史資料を基に描き切っています。

 

 司馬遼太郎は、国内外の色々な会戦に関してのほとんどの論文を原文で読破して、その知識の上で、この作品を書き綴っています。当然、「クラウゼヴィッツの戦争論」なども原文で読み切っています。司馬遼太郎は、そうした膨大な資料と知識を基にして、日露戦争に関わる会戦について、戦略論と戦術論の両面で、ち密な解説や批判を行っています。

 

 この作品は、日本海軍の艦隊とロシアのバルチック艦隊との日本海海戦で、日本がそれまでの海戦史上未だかってない完璧に近い形での勝利をおさめたのち、奉天での日本陸軍とロシア陸軍との大会戦でやっとのことで5.5対4.5の勝利をつかみ取り、ポーツマスでの講和会議での交渉の結果、南樺太の割譲、韓国に対する日本の優越権、満州からのロシア軍撤退 など、日本の将来にとって重要な条件を確保した所で結末を迎えます。

 

 司馬遼太郎は、日露戦争は精神力ではなく、現実を踏まえた理詰めの戦略と戦術に則っての薄氷の勝利であったこと、然しながら、その後は、日本の軍部は天皇の統帥権を根拠として文官の意見を抑え、戦略・戦術面では精神性に傾倒して、勝ち目のない太平洋戦争に突き進んでしまうと言う過ちを犯したことを、しっかりと心に刻まなければならないと述べています。そう言う意味で、映像表現では戦争賛美に傾くことを危惧し、この作品の映画化やドラマ化には前向きではなかったのでしょう。

 

 さて、主人公は、伊予松山出身の三兄弟のような三人── まず一人目は、阿部寛演じる 秋山好古(あきやま・よしふる)。日本陸軍の騎兵を育てた人物で、真面目で実直。軍人としての誇りと責任を背負いながら、日露戦争で騎兵隊を率いて戦う姿は、まさに「不器用な努力家」。阿部寛の重厚な演技が、好古の誠実さを際立たせています。

 

 二人目は、本木雅弘演じる秋山真之(あきやま・さねゆき)。日本海海戦のロシア艦隊を相手にての完璧な勝利で、世界を驚かせた天才参謀。大胆な発想と鋭い戦略眼を持ち、兄の好古とは対照的に“破天荒な天才肌”。香川照之の熱量ある演技が、真之の天才性と人間的な弱さをリアルに表現しています。Z世代が好きな「天才キャラ」の魅力が詰まっています。

 

 三人目は、香川照之演じる 正岡子規(まさおか・しき)。俳句・短歌を革新し、現代文の書き方を確立したた文学者で、病と闘いながら新しい表現を追い求めた人物。子規の「新しい言葉を作る」という姿勢は、現代のクリエイター精神にも通じ、若い世代にも響くポイントです。本木雅弘の静かな熱を感じる演技が印象的です。

 

 ドラマの魅力は、単なる歴史ドラマではなく、「若者が新しい時代を切り開く物語」として描かれている点です。明治日本は、まさにスタートアップ国家。軍事・文学・文化・社会制度など、すべてが“ゼロから作られる時代”で、主人公たちはその最前線で挑戦し続けます。 Z世代が共感しやすい「挑戦」「成長」「自己実現」の要素が強く、歴史に詳しくなくても楽しめます。

 

 映像はNHKが総力を挙げたハイクオリティで、CGによる海戦シーンや明治の街並みの再現は圧巻。音楽は久石譲が担当し、壮大で美しいサウンドが物語をさらに引き立てます。「坂の上の雲」は、歴史ドラマという枠を超え、 “若者が未来をつくる物語”として、今の時代にも新鮮に響く作品です。