死神はいつだって君のそばにいる その1 交通事故
今日も元気にやっていますか。そろそろ今日の仕事も終わり、帰途につく頃ですね。平穏な毎日は空気のようで、それに慣れてしまうと有難味が薄れてきます。仕事や他人との付き合いなどで嫌な気持ちになることもありますが、前向きな姿勢で暮らして行きましょう。これから、数回に亘って僕の危うく死にかけた時の経験談を書きますが、死神はあなたの心の隙につけ込んでくることがあるので気を付けましょう。それに加えて、生と死を分けるものは、偶然だと言うこともお話しして置きましょう。
さて、僕が30代の時に経験した命の危機について語ろう。その頃、僕には2人の娘がいた。長女が5歳で次女が1歳半になっており、次女はまだ母乳を飲んでいた。それは1月3日のことであった。その日の昼過ぎに僕は釣りに出かけた。家を出る時には妻が次女に授乳させていた。
昔から、盆と彼岸と正月には釣りに出かけてはいけないと言われる。殺生を伴う遊びは止めておいた方が無難だと言うことであろう。その禁を冒したからと言って、何か良くないことが起きるとは限らないが、誰しも気分的にはあまり気が進まないことは確かである。
然し、今どきだって、「盆の間は釣り人が少ないから良い釣り座を確保できる。」と嘯いて、せっせと釣り場に足を運ぶ人たちがかなり居る。彼らは多分、罰に当たったことは無いのだろう。仮に罰が当たったとしても、気付いてはいないのかも知れない。
その日、僕は自宅から車で25分かかる小さなA漁港の波止に向かった。あと1キロほどで、国道から漁港への降り口が見えてくる地点に、300メートルほどのかなり急な坂道があり、僕は少しアクセルを吹かせてその坂を上って行った。その坂から1分ほど走った右手に目指す漁港に降りて行く道があった。
その漁港の波止には、さすが三が日とあって釣り人は数人と少なく、少し波が打ち寄せて来ていたが、波止の横に在るテトラポッドに釣り座を構えた。やや北西の風が強く少し寒いなと思いつつ1時間ほどオキアミを餌にして釣り糸を垂れていた。その時、ウキがスーっと走るように水中に消えた。僕は3秒ほど数えてから合わせを入れた。
かなり強い引きが手元に伝わって来て、釣り竿の先端が撓った。「おお、これはまあまあの大物だぞ。」と思い、慎重に魚を海面に浮かせて空気を吸わせてから、用意してあったタモに魚を取り込んだ。35センチを優に超える久しぶりのかなり大物のチヌ(黒鯛)であった。僕はそのチヌが釣れたのを潮に、帰り支度を済ませ、テトラポッドに海水を掛けて洗ってから、帰途に就いたのであった。
僕は、「今日の夕食はチヌの刺身だな。」と満足した気分で車を走らせていた。そして、上述したかなり急な300メートルの下り坂に差し掛かったのである。僕のすぐ前を乗り合いバスが走っていた。長い下り坂なので、当然、バスの運転手はスピードを下げて安全走行していた。
僕は、自動車教習所の教員が「下り坂では決して、前の車の追い越しをしてはいけない。制動が利かなくなって事故を起こすから危険だぞ。」と言っていたのを心の隅で思い出していたが、あまりに前のバスが遅いので、ええいとばかりにハンドルを右に切り前のバスの追い越しを図った。
丁度自分の車が80キロ以上の速度で、左を走るバスの隣に差し掛かった時であった、まっすぐに走っているはずの自分の車がかなりの力を受けて自然に右側に寄りつつあるのを感じた。少し位ハンドルを左に切っても、やはり車は右方向に進んでしまう状況になっていた。
この坂の右側は5メートルぐらいの高さの土手になっていて、もしガードレールを突き破ってその土手に突っ込んでしまったら、自分の車は大破してしまうこと必至であった。そこで、僕は非常時の判断をとっさに下して、もうバスは追い抜いてしまっていることを願いながら、一か八かで、ハンドルを大きく左に切ったのであった。
何とかバスの前の部分に当たらずに済んだらしく、僕の車は何とか無事に左車線に入ることが出来た。そのあとバックミラーで確認しながらスピードを下げて、何とか無事に我が家に帰りつくことが出来たのである。そして、僕はその国道を走りながら、今回の危機的な状況に至った問題点を考えていた。
一つは間違いなく無理な追い越しである。特に下り坂での追い越しは、やはり極めて危険な行為である。もう一つは、12月の中旬に自分の車のタイヤを冬用のスパイクタイヤ(今はスパイクタイヤは禁止されている)に替えたことである。多分、タイヤ交換をしてもらった業者の技術の人が、ちゃんと両輪のバランスを確かめてタイヤ交換をしなかった可能性が高いのではないかと考えた。
何れにしても、命拾いと言っても言い過ぎではない出来事であった。もしあのまま制動が利かずにガードレールを突き破り土手を転がり落ちていたら、車は大破して、多分自分の命はそこで途絶えたと思う。家で待っていた妻を若くして寡婦にしてしまい、娘ら二人を父無し子にしてしまうところだった。そして、大破した車がスクラップになる前に、その日に釣り上げたチヌは腐って、しばらくの間、悪臭を振りまいたのであろう。
僕は、死神と言うのは、常にすべての人のそばに居るように思うのである。そして、或る条件が揃うと、死神は僕らの身体を包むようにして僕らを死の世界に引きずりこむのではなかろうか。上述の出来事の原因は、僕の無謀な運転に起因するものであろうが、冬用タイヤ交換の時の左右のタイヤのバランスが取れていなかったことも大きな原因であろう。そして、必要以上に制限速度を守って走っていたバスの存在も、この死亡事故に繋がりかねない出来事に若干の関わりがあったように思う。
何れにしても、事故を起こさないように、常に心を律して運転することが大事だと言うことなのであろう。