僕の好きな演歌
僕は、元々演歌が好きで、特に船村 徹(敬意を表して「さん」付けをすべきなのですが、以下省略します)の曲が好きです。古賀政男や吉田 正や遠藤 実などのメジャーな演歌とは少し違った一ひねり新しさのあるメロディーが好きです。美空ひばりの「三味線マドロス」は船村 徹の親友だった高野公男の作詞ですが、元々は三橋美智也のために作られた歌詞です。高野公男の死後、この歌詞で作った唄をどうしても美空ひばりに歌ってもらいたいと、船村 徹が曲をつけたとのことです。美空ひばりの他のマドロスものと一風変わった旋律が心に染みます。
星野哲郎の作詞による「みだれ髪」も船村メロディーの真骨頂ですね。特発性間質性肺炎で退院間もない頃の美空ひばりへのエールとして、彼女の出せる一番高い音より半音高い音を使ったメロディーを敢えて作っています。優秀なプロにしかできない凄技だと思います。船村 徹は「王将」、「風説ながれ旅」などのたくさんの名曲を世に出しています。大作曲家の古賀政男と肩を並べる優れた作曲家でした。合掌。でもいろいろと聴いてみると、やはりプロはプロですね、多くの名の知れた作曲家・作詞家の方々は、皆さん流石はプロと唸らせる一ひねりも二ひねりも利かした深みのある曲を世に出していますね。昭和偉人伝と言うBSのテレビ番組を観ていると、昭和と平成の作詞者と作曲家の凄さがひしひしと感じられます。
詩と歌詞
元々は、詩作が趣味だったものですから、たった1行にその詩のすべての思想を投入することが求められる「詩」と言うものにメロディーを付けるなどということは、詩の文学性の否定につながるものと考えていました。 西條八十 が、早稲田大学文学科の仏文学の教授として試作を行いつつ詩論なども学生に講義しながら、一方で、流行歌の作詞をしていた時期がありますが、葛藤、葛藤の毎日だったのではないかと思います。でも、「 青い山脈」や「王将」などの多くの名曲を作詞して下さり、感謝、感謝の限りです。
そんな訳で、いまだにある著名なフォークソング歌手のノーベル文学賞の受賞には心から賛同する気持ちにはなれません。あの大天才のモーツァルトが好んで作ったオペラにしても、どうしても詞と曲との間の乖離が気になります。魔笛の夜の女王の朗々たるソプラノのアリアはまだしも、淡い恋心を吐露するのに会場全体に鳴り響くようなアリアはどうも僕の感性には馴染みません。
でも、実際にフォークソング的な曲を自分で作ってみると、それはそれなりにとても難しい作業であることがわかりました。歌詞の文言とそれに乗せる旋律とリズムとの整合性を人為的なものを感じさせない程度に一致させることの難しさに気付かされたのです。そういう意味では、大学生の頃までクラシックに専念して練習と楽理の勉強を重ねいろいろなコンクールで受賞していた「さだ まさし」の場合は、その旋律のベースがクラシックにあり、さらに大学で学んでいた国文学の素養も手伝って、歌詞と曲との間の乖離が少なく音楽性の高いフォークソングと言えると思います。人によって好みはあるかと思いますが、日本のフォークソング歌手としては断トツの高い実力を持っているのではないかと思います。