勝間勝代さんの講演会以来、

三毒追放を実践中!


妬まない・怒らない・愚痴らない


なかなか功を奏しているのでは?

などと思いつつ。

とりあえず怒らないは完璧にこなすのは無理。

人間だもん。

嫌だ!って、ついむかむかぁ~て思っちゃう瞬間がある。

しかし、そうした怒りの瞬間があっても

すぐに「いかん、いかん」と思いなおして

本当に怒ることなの?怒って生産性が上がるの?

て冷静に自分に聞き返すの。

原因があればなるたけ対処すれば良いし

仕方ないこと、自分じゃどうにもならないことなら忘れるが一番。 

自分が嫌だって思ったことはまぁ胸の中に留めておいて

他人に対してしないように心掛ければなお良しだよね。

こんな感じでいれば心も穏やかになるのさぁ(●´∀`●)



妬まない。

これも要は力の使いどころ。

悔しいって 羨ましいって 思いっぱなしじゃなくて

どうしたらそうゆう風になれるのか努力しよう。

すると単なる負の感情じゃなくなるのだ。

出来る子は出来る子と認めて

どうしたらあの子みたくなれるのか考えよう。



愚痴らない。

いやー 難しいよね。人間はつい愚痴っちゃう生き物なんだもん。

ただこれは勝間さん云々以前から頑張って心がけてた。

愚痴はともするとただの悪口だし。

ただ愚痴ってゆうのは怒りとか苛立ちとか悲しみとか

そうした感情のはけ口だから

元栓をなんとかすれば愚痴はいらなくなるやもしれん。

怒りや苛立ちは上述。

悲しみとかもよーく考えて、なんで悲しいのかなって。

自分で解決できるのかなって。

誰かからひどく傷つけられたりとかすると

愚痴とか相談に直結するパターンが多いけれど

自分に非はなかったのか考えて

非がなかったとしても、愚痴るほどなのかって考えて。

極力ね、誰かを悪く言うことは避けたいんだ。

偽善とかじゃなくて。

こうやって意識しないと、愚痴ってどばーって来ちゃうし

愚痴った後って対外「ああ・・言わなければ良かった」とも思うし。


三毒追放って意識するだけ。

それだけで心に余裕が出てくるんだよ。

不思議だね。

きっと自分の中でも気付いていたことを

他の人が言葉で教えてくれたから

すんなり自分の中に入っていったんだね。






例えば就職活動とかでは自己PRが重要みたいだけど

エントリーシートだと字数が足りないし

面接では時間制限がある。

これじゃ伝えきれない??

笑 笑。

だったら、文字や言葉以外の部分で追加的に伝えれば良いのさ。

自分はこうゆう人間だ!って。

字が丁寧な人は、物事を丁寧にこなしそうだし

誠実そうな印象を受けそう。マナーもきちんと守れそうだし。

話し方や言葉遣いも人となりを表すよね。

ゆっくり話す人は穏やかに見えるし

せかせか話す人はケアレスミスが多そう。


ま これはあたしの印象だけどさ。

ノンバーバルな部分でもずいぶん伝えられるものはあるんだな。








このブログでは書評・第一段。

書評って言っても単純に思ったことを

徒然なるままに書き綴るだけです。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

この本は家にあった本です。

多分、家族の誰かが買ったのでしょう。

ビジネスの場でいかに「気がきく」行為が大切なのかを

具体例を混ぜながら最初から最後まで一貫として主張されてます。

読むと「なるほど」と思ってしまう内容ばかりでした。

そして「気が利く」ことができない人間はダメ人間だと。

実際にこのような内容は様々な本で言われていることです。

こういった「気が利く」ことに焦点を当てた本や

それ以外にも経営者の自伝とかでもさりげに述べられてもいます。

しかし、逆にそれだけ重要であるってことなんですよね。

~メモ書き~
●立場を替えて考える
●「当たり前のこと」を「当たり前にやる」
●根まわしの「ツボ」を巧みに抑える
●「気にかけている」ことを行動で示せ
●敗者には必ず逃げ道をつくってやれ

当たり前だし重要だと思っていることでも

人間は切羽詰まるとつい忘れちゃうんだ。

余裕を持たねばね。


それと「気くばり」ができない=ダメ人間はさすがにひどいと思った。

「気くばり」もある種の能力。

テストの点数が悪いからといってダメ人間といっていいの?

まぁ本はこれくらい書かないといけないってのは分かるけど。

商業主義なんだし。

自分はまだ大学生という井の中の蛙でよくは分かってないけど

会社に入ったら、仕事の能力と同じくらい

対人関係の能力は重要なんだと思う。

つまり、できない人が多いってこと。

でも確かに相手を思いやるって結構できる人少ないなってのは

学生生活の中でも感じる。

女の子は結構気遣いできる人は多いけれど。

それでも表面上だけの気遣いに終始している場合は多い。


それとは反対に気を遣いすぎて

自分自身がすごいストレス漬けになったら本末転倒だよね。

この辺のバランスは難しい。

自然体でごはんを食べるように気遣いができるようになれれば

良いのかな。




楽しめるか 楽しめないか の瀬戸際では

冷静になっては

客観的になっては

ダメなのだ。


冷静になると楽しくないのは自明なのだから。大抵のことは。



十人十色。

千差万別。

まさに世の中は様々な価値観を持った人ばかり。


そんな世界で

誰一人にも不快感を与えずに生きるのは

難しい。

いや無理だ。


人それぞれに嫌だと思う対象は違う。

だから8割の人に受け入れられることでも

2割の人には否定される。

多様性の結果よね。




誰からも受け入れられるなんて

夢物語。


じゃあどう行動することが自分にとってベストなの?

①日常生活

まず自分にとって大切な人に受け入れられることをする。

私を否定する人が世の中にいたって良い。

自分にとって大切な人が不愉快な思いをしないのであれば

その行動をとることがベスト。

全員に受けが良いよう行動して

結果的に身近にいる大切な人を悲しませたりしたら

本末転倒。

「受けが良い」行動ってゆうのは自分の効用を高めるために

するものなのだから。

そして多くの人に否定されるより

大切な人に否定される方が悲しいものだから。


②組織

大学・サークル・ゼミ・会社・・・etc

どこかの組織に所属して、ある結果を出さなくてはいけない時。

このような場合は、自分の効用うんぬんじゃなくて

組織としてのベストを自分にとってのベストに持っていく。

結果は様々なプロセスがあって出てくるもので

そのプロセスが上手くいくように行動する。

能力とか色々なものは置いておいて

自分の行動と周りの反応の関係について言えば

なるべくして多くの人に受け入れられるような行動がベスト。

当たり前と言えば当たり前なんだけども。

自分の身近なところばかりに目を向けて行動してはダメってことね。

「受け」を良くするには表面上のおべっか とか 一時的なものではなくて

物事がうまく運ぶように気を配慮しつつ

相手の気持ちを考ることが重要。

その時は「受け」が良くても、事後的に問題が起きたら

「受け」は一気になくなるから。



そんな感じで、無意味に周囲の評価とかを気にしすぎるより

もう少し冷静に自分にとってベストに考えようって思ったのでした。






人間は大多数と同じであることで

安心感を得ることができる。

皆が良いと思っていることならば

安心して行動できる。


周りに流されない強い意志は大事だというけれども

周りと違うことで効用が高まる人もいるけれども

世の中を90%カバーする真実としては

やっぱり人間は集団に所属して集団と同じであると安心できる

ということなのです。


それを念頭に入れたら

周りに合わせることって、なんら恥ずかしいことじゃない。

当たり前のことなんだ。

周りに合わせることでマイナス評価は与えてはいけないよ。

人間の本能なんだもの。

何かを達成するために

周りに合わせることで得られる安心感をあえて捨てて、行動する

こういった自主性や積極性のある行動はプラス・αとして

評価すれば良い。