トレーラーの中。

 

歪んだS13。

 

フロントは押し込まれ、フェンダーは裂けている。

 

ブルーとパープルの境界が歪んでいる。

 

ライトは割れ、タイヤは不自然な角度で止まっている。

 

ミラは動けない。

 

触れない。

 

近づけない。

 

胸の奥が重い。

 

アトランタの衝撃が、まだ身体に残っている。

 

 

「でっけぇ音だったな」

 

イアン・マッケイガン。

 

今日は冗談を言わない。

 

コーヒーを一本差し出す。

 

受け取ろうとして、缶を落とす。

 

手が震えている。

 

イアンは拾わない。

 

見ている。

 

「初か?」

 

「……うん」

 

「ここまで壊したの」

 

イアンは車を見る。

 

「逃げなかったな」

 

その言葉で、喉が詰まる。

 

「でも、間違えた」

 

「競技だ」

 

淡々と。

 

「間違えたやつが強くなる」

 

沈黙。

 

「……もう、走れないかも」

 

やっと出た本音。

 

イアンは一瞬だけ目を細める。

 

「怖くなった?」

 

「壊すのが」

 

即答。

 

イアンは肩を軽く叩く。

 

「壊れねぇやつは攻めてねぇ」

 

一拍。

 

「今日は攻めた」

 

それだけ言って去る。

 

慰めない。

 

でも、切らない。

 

 

ホテルの部屋。

 

シャワーの音だけが響く。

 

目を閉じると、壁が近づく。

 

金属の潰れる音が蘇る。

 

スマホを見る。

 

日本は朝。

 

迷う。

 

でも、通話ボタンを押す。

 

——グループ通話。

 

コール音。

 

一人、二人、三人。

 

「おー?」

 

織宮の明るい声。

 

「どうしたチャンプ」

 

野村。

 

「朝っぱらから何や」

 

川端。

 

最後に、

 

「壊したな?」

 

谷口。

 

その瞬間。

 

胸が崩れる。

 

声が出ない。

 

呼吸だけが荒い。

 

沈黙。

 

誰も急かさない。

 

「……派手?」

 

織宮。

 

軽い。

 

でも優しい。

 

「……うん」

 

声が震える。

 

「怪我は?」

 

川端。

 

「ない」

 

「よし」

 

それだけ。

 

短いけど、強い。

 

 

「ごめん」

 

自分でも分からない。

 

何に対してか分からない。

 

でも出た。

 

野村が言う。

 

「何に対してだ?」

 

標準語。

 

柔らかい。

 

「攻めたんやろ?」

 

一拍。

 

「なら謝るな」

 

織宮が続く。

 

「動画見た」

 

「めちゃくちゃ攻めてた」

 

谷口。

 

「迷ったな?」

 

「……うん」

 

「それでも踏んだな?」

 

「……うん」

 

涙が落ちる。

 

止まらない。

 

「怖かった」

 

やっと言えた。

 

 

電話の向こうで、少し空気が動く。

 

谷口が言う。

 

「当たり前だ」

 

野村。

 

「壊すの怖くないやつはおらん」

 

川端。

 

「壊れるとこまで行ったってことだ」

 

織宮。

 

「おめでとうだな」

 

「は?」

 

涙声で返す。

 

「やっとそこまで来たってこと」

 

笑っていない声。

 

本気。

 

 

谷口が静かに言う。

 

「壊すやつは二種類いる」

 

「下手なやつと、攻めたやつ」

 

一拍。

 

「お前はどっちだ」

 

涙で答えられない。

 

でも分かっている。

 

野村が言う。

 

「直せるやろ」

 

川端。

 

「直す」

 

即答。

 

「パーツ送る。心配すんな」

 

織宮。

 

「帰ってきたら焼肉な」

 

「なんで」

 

「そういう流れ」

 

少し笑いが混ざる。

 

 

「もう走れないかもって思った」

 

小さく言う。

 

谷口。

 

「思うよ」

 

野村。

 

「思わんやつは伸びん」

 

川端。

 

「怖いまま踏め」

 

織宮。

 

「それがBlue Blazeだろ」

 

胸が熱い。

 

さっきとは違う。

 

潰れる感じじゃない。

 

支えられている感じ。

 

 

谷口が最後に言う。

 

「逃げるな」

 

でもきつくない。

 

「今日の衝撃、無駄にすんな」

 

野村。

 

「次は修正して踏め」

 

川端。

 

「壊しても直せる」

 

織宮。

 

「戻ってこい」

 

涙が止まらない。

 

でも呼吸は整っていく。

 

「……うん」

 

 

通話が切れる。

 

部屋は静か。

 

でも、さっきの

 

“もう走れないかも”

 

は、

 

“直して、もう一回”

 

に変わっている。

 

アトランタは荒い。

 

壊れた。

 

怖い。

 

でも。

 

終わっていない。

 

ミラは嗚咽混じりに呟く。

 

「……直す」


今度は、逃げない。