最近、「日本教について」を読んで、以前から感じていた違和感が少しずつ解消されてきました。以前ふと「なぜ私は謝りたがるのだろうか?」と思い、その危険性にも気付きました。安易に謝るとそれをきっかけに「あのときお前は謝罪した。自分の責任を認めた」という反応が返ってくる可能性があるからです。
そういった危険な輩、やくざのような連中がいるから安易に謝ってはいけない・・・そう理解していました。
ところがどっこい!!!
考えてみれば、謝罪した=自らの責任を認めた者に対して、責任を追及することはロジックとしてしっくり来ます。むしろ、「謝ったんだから許せよ」はきき慣れた感じはしますが、なんにも理屈はありません。謝った相手を許す道理もありません。また反対に悪くもないのに謝る道理もないのです。謝っているほうは、相手に対し「許容」することを強要しているのです。謙虚どころか傲慢です。
些細なことで、なんでもかんでも謝るのはバカです。意味が通るならスイマセンはアリガトウに変換すれば無難です。アリガトウじゃ意味が通じない場合でも、なんについて謝罪するのかを明示したほうがいいでしょう。
とくにいろいろな相手と折衝する機会が多いビジネスシーンではむやみや謝るのはやめましょう。必ずしも相手が『日本教徒』とは限らないからです。