経営者のベストバディー(戦友)であり続ける社労士のブログ -6ページ目

経営者のベストバディー(戦友)であり続ける社労士のブログ

 
事業成長請け負い人の社労士として、中小企業の”攻める経営”を誠心誠意お手伝いします!

~上場企業のNo1.M&Aアドバイザーとして、日本全国の中小企業の経営者1000人と向き合ってきた経験を活かして~

高校卒業後は、現役でなんとか

滑り込んだ横浜の国立大学工学部へ

入学し、宇宙線物理学を学びました。

 

誤字じゃないですよ、

宇宙船(Space Ship)じゃなくて

宇宙線(Cosmic ray)です(笑)

 

今は直接的に全然関係ない

仕事をしているので、

 

なんで宇宙を専攻したの?って、

よく聞かれるんですが、

 

一言で言うと自分で商売をするためです。

 

まだまだ未知のことが多い

宇宙に関する研究分野であれば、

 

これからビジネスになっていく種も

多いんじゃないか、

 

そうであれば、

その分野に関する学問や研究を

していた方が、

 

一般企業に先んじてビジネスを

はじめることができるのでは?

 

という非常に安易な考えでした。。

このような若干不純な目的で

スタートしているため、

 

最初から本気で突き詰めて

勉強する気などサラサラない(笑)

 

更に、追い打ちをかけるように、

宇宙は学術的な研究を進めている

領域がまだまだ多く、

 

他方でビジネスと言う観点でみると、

 

当時は一部の企業が研究開発に

関連したビジネスしか展開できていない

状況であることもだんだんと理解出来き、

 

宇宙という領域は、

自分が起業するフィールドには

向いてないんじゃないか?!と、

 

更にやる気をなくすという事態でした。

そんな現実を受け止めつつ、

高校3年間続いた野球漬けだった生活から

解放された結果、

 

大学時代はパチンコ屋に通い詰める生活に(笑)

 

大学生でお金もないので、

負けたら生活できません。

そのため、ありとあらゆる事を考えました。

 

例えば、

 

朝始発が始まる前からお店の前に

一番乗りで並び確実に良い台を確保したり、

 

1日に数台ある見せ台(出る台)の配置が

クセを読みやすいお店を探したり、

 

確実に出る台がある機種を

全て後輩や知り合いで占拠して

出る台を判別してしまう等、

 

今なら怒られてしまうような

多少荒っぽいこともしながら、

 

どうしたら勝てるのか?

を常に考えていました。

 

資金がないからこそ、

人がやらないこと(考えないこと)をして、

勝率を高めていました。

 

これは、実は今の自分のビジネスにおいて、

非常に役に立っている習慣です。

こんな感じで大学時代はお恥ずかしながら

全く勉強しなかったため、

 

学力は理系の高校卒業レベルのままか、

おそらくそれ以下(笑)。

 

このままでは理系の大学を

卒業したことにならない、

 

大学院の2年間で取り返してやる!

 

という思いで、大学院に2年通いました。

 

しかし、結論から言うと、

宇宙分野での起業を諦めて現実路線で

起業するための力を付けよう!

 

という次なる目標が見えてきました。

 

やはり、

自分で商売がしたいと思っているのに、

 

今の自分が起業するフィールドに向かないと

判断した研究分野で勉強するのは、

 

私にとって苦痛以外の何物でも

なかったです。。

 

でも、今も宇宙は大好きです(笑)

小学生の頃は、近所の公園で

暗くなるまで友達と毎日サッカーをして

遊んでいましたが、

 

中学校の部活で心機一転、野球をはじめました。

 

どうせスポーツをするのなら、

日本の国技である野球でしょ!

 

という意味の分からない自分勝手な

決めつけからでした(笑)

 

そんなノリではじめたので、

当初は下手くそも良いところで、

 

毎日家の壁にボールを当てて、

ゴロを取る練習をしていました。

 

地道な?練習の甲斐もあって、

無事にレギュラーとして

試合に出ることが出来ていました。

 

コツコツと練習したら、

ちゃんと成果が出ることは、

この頃に学んだ気がします。

当然?、強豪校から野球推薦が

来るレベルの選手ではありませんでしたので、

 

一般入試で県立の男子校に入学。

高校でも野球を続けることになります。

 

当時は、私が進学した高校と

同エリアにある私立の野球学校が強く、

 

県外からも野球推薦で有力選手を

引っ張ってきているような状況でした。

 

普通に考えれば、

大学進学を視野に入れて、

野球は楽しく出来れば良いやと

いう感じなのでしょうが、

 

私が入った学年ではたまたまメンバーが揃っており、

 

新人戦で同エリアの私立の野球学校に

実力で普通に勝ってしまうようなチームでした。

 

そんな感じでしたので、

甲子園を目指して高校3年間は

野球漬けの毎日でして、

 

早朝の自主練習から

夜21時くらいまで続くウエイトトレーニングと、

 

ホントに野球しかしてなかったですね(@_@;)

ちなみに、ガチで1日5食食べてました(笑)

 

高3春の福島県大会で優勝することは

出来ましたが、

 

甲子園に繋がる夏の県大会では

練習試合や公式戦で負けたことがない

チームにベスト8で負けてしまい、

 

自分達の世代では

結局甲子園には行けませんでした。

 

※1学年下の後輩たちが、

 春の選抜21世紀枠の第1号として

 甲子園の土を踏む事が出来ました。

 ですので、甲子園のスタンドには応援行きました!

 

2番セカンドとしてなんとか

試合に出ていましたので、

 

「あぁ、人生って送りバントなんだ」と、

この頃にはじめて知ったと思います(笑)

 

私としては野球をやりきった感があり、

あれからもう15年以上経ちますが、

 

高校最後の負けた試合以降に、

自らの意志で野球をしたいと思ったことは、

本当にまだ一度もありません。

 

完全な燃え尽き症候群ですね。。

 

いやいや、

自分としては徹底的にやりきったつもりで、

 

後のプロ野球選手とも対戦することが出来ましたが、

(ソフトバンク摂津投手、ヤクルト畠山選手 等)

 

彼らと埋められない才能の差を感じたことだけは、

鮮明に覚えています。

 

そして、これ以上野球をやっても、

ご飯を食べることは確実に出来ないと

瞬時に悟りましたので、

 

大学へ進学して、

今後は別な事に打ち込もうと強く誓ったのでした。

私は、東北の片田舎の福島県郡山市で

生まれ育ちました。

 

実家のすぐ裏には、

祖父の畑が広がっていました。

 

両親も祖父母も

自営業の家系でしたので、

 

物心ついた時からごく自然に、

私も自分で商売をする人間に

なるんだと思い込んでいました。

 

実際のところ、この育った環境が

起業するきっかけとして、

最も影響があったかもしれません。

私は1982年生まれなので、

小学生くらいの時はバブル景気真っ盛りでした。

 

父親の会社もバブル景気のお陰で

当時はお仕事がたくさんあったようで、

 

平日は徹夜で仕事を終わらせて

ちょっとだけ寝て次の日も普通に働いていたり、

 

土日も朝から仕事に出かけたりと、

昼夜も土日も関係なく、

 

基本的にずっと仕事をしていた

イメージがあります。

 

ただ、冬になると、

スキー大好き人間だった父親は、

 

土日や連休は家族を連れて必ずスキーに行ったり、

 

一般的なサラリーマンであれば

まだ勤務中と思われる平日昼過ぎ頃から

 

スキー場のナイター営業でひと滑りしたり、

 

冬休みでもないのに会社を1週間休みにして

海外へスキーしに行ったりと、

 

遊ぶ時は徹底的に遊んでいた記憶があります。

友達の父親と比べても、

自由に遊べるから自営業って

良いんだなぁって、子供ながらに思っていました。

 

当時は、昼夜も土日も関係なく働くことが

普通ではない事などつゆ知らず、

自分もこんな感じで仕事するんだ!

 

という既成概念が形成されたは、

この頃のような気がします。

 

やはり、環境が人を作るんでしょうか(笑)