目が覚める。4時20分。
アラームより10分早い。
特別な日はなぜか、アラームの前に目が覚める。
いつもの半分も寝ていないはずなのに体が軽い。
若さのおかげか。
それともビジネスホテルのベッドのおかげか。
今日は旅の初日である。
大きなカバンを持って上野駅へと歩く。
まだ暗い駅裏の路地はしんと静まり返っているから、綯い交ぜの高揚と不安が余計に際立つ。
読み切れないほど持ってきた小説の重さだって気にならない。
今日は15年来の念願をかなえる日である。
僕が青春18きっぷのことを知ったのは、小学生の頃である。
本屋で目にした雑誌の特集に取り上げられていたのだ。
「どこまで行っても同じ値段の切符」
僕には魔法のように思えた。
世界がどこまでも広がる魔法。
隣町への買い物だって冒険だったあの頃の僕には、いささか刺激が強すぎたかもしれない。
中でも一番興味を引かれたのが「東京から1日でどこまで行けるか」というコーナーだった。
終着駅は小倉。福岡県である。
当時の僕には、東京も小倉も幻のように遠かった。今以上にずっと。
二つの異世界が、馴染みのある電車でつながっている。
その途方もなさに立ちくらみがする思いだった。
少ない小遣いを叩いて衝動的に雑誌を買った。
くる日もくる日も読み返した。
「いつか大人になったら東京から小倉まで乗り通してやるんだ」
10歳の少年の決心である。
とはいえ、大人になるとは現実を知ることだ。
「東京から小倉まで鈍行で行く」のは愚かである。と知ってしまった。
あの頃とはすっかり価値観が変わってしまったのだ。
綺麗な石にも人の庭先のビワにも興味を持たなくなった。
確かに、大人になっても青春18きっぷという「魔法」への憧憬は消えなかった。
魔法を使っていろいろなところに行った。行けば行くほど夢中になった。
そして、東京から小倉まで1日で乗り通すことがいかに馬鹿げているかもよく分かるようになった。
無理もないのだ。
4時台の始発で東京をでたら、あとは小刻みで絶え間ない乗り換えを繰り返して小倉に着くのは日付が変わってからである。
富士山も味噌カツも清水寺も姫路城も尾道ラーメンも宮島も錦帯橋も関門海峡も、どこにも寄れない旅である。
こんなの旅とすら呼べない。
観光しなくて何が楽しいんだ。
そんなふうに考えるようになったのは、僕が大人になった証だ。
すると10歳の頃の僕がこっちを見上げるのである。
「あんなに行きたがってたのにどうして?」
しんどいから。きっと楽しくないから。
「どうして?」
現実を見ようよ。
「どうして?」
根源的な欲求なのである。あの雑誌を手に取ったのは、紛れもなく僕の原体験だった。
こんな現実的な大人になりたかったのだろうか?
「なりたくなかった」
時間に余裕があるのは今のうちである。
思い立ったその日の週末、僕はとうとう腹を括った。
目指すは小倉。
20時間の長旅である。
上野からは品川まで山手線で向かう。
品川の始発に乗らなければ今日中に小倉につかないのだ。
早起きの人と夜更かしの人が半分ずつくらい。
車内は若干酒臭い。
始発のこの独特の雰囲気は、僕の中で旅の記憶と強く結びついている。
だからそんなに嫌いではない。
品川5:10発、熱海行き。
とうとう始まった。
高揚と不安が綯い交ぜになっているのは本当だが、不安が8割だ。
川崎をすぎたあたりで東から陽がのぼり始めた。
少し励まされたような気持ちになる。
今日はまだまだ長い。
熱海6:49発、浜松行き。
熱海駅にくると、高校時代東京へきたときの事を思い出す。
青春18きっぷを初めて使ったのがあの旅だった。
西からやってきて、熱海駅はJR東日本の一番初めの駅である。
この駅からは駅メロディもJR東日本のそれになる。
物心ついてまもない頃まで埼玉に住んでいた。
その頃に聞いていたメロディと同じである。
自分のアイデンティティを初めて自覚した瞬間だった。
今ではすっかり聴き慣れてしまった。
浜松9:23発、豊橋行き。
とうとう中京圏に入る。
とはいえ、ここを通るのは30回目を優に超えている。
慣れてしまった。
初めて通ったのは高校の時。
最後に通るのはいつだろう。
この旅かもしれない。
学生でなくなれば、なかなかこんな時間も取れないだろう。
それに気がつくと急に気が引き締まった。
この光景を絶対に目に焼き付けてやろうと必死で目を凝らした。
豊橋10:02発、大垣行き。
特別快速に乗った。
とても早い。
こういうことに対する感動は、昔の方がずっと瑞々しかった。
こんなふうに旅をしているのがあの頃ではなく今の僕であることが少し悔しい。
大垣11:42発、米原行き。
ついつい眠ってしまった。
寝不足が思ったより応えている。
終点までまだ12時間。
今は不安が9割だ。
米原12:20発、姫路行き。
見慣れた景色は京都まで。
今日は地元を素通りしてさらに西に向かう。
近づけば近づくほど、望郷の思いに気づかされる。
自分の今いる場所が地元だと思えるようになるのはいつのことだろう。
姫路15:03発、相生下車。
だんだん陽が沈み始める。
川崎からずっと僕の味方だった太陽だ。
お礼を言いたい気持ちになった。
僕はもう大丈夫。
すでに旅程の半分をすぎて、改めて高揚感が増してきた。
相生15:25発、糸崎行き。
地元の高校生たちが乗ってきた。
カバンに見覚えのある学校名の縫い取りがある。
昔好きだった人の母校だ。
この辺りは兵庫と岡山の県境。
岡山県に入ったあたりから、周りの人が急に標準語風のアクセントで話すようになった。
兵庫出身のあの人が標準語っぽい言葉を話すのは、別に無理していたからじゃなかったのかもな。
もう何年会話していないだろう。
移ろう感情と変わらない感情が、人間にはある。
糸崎18:29発、徳山行き。
とっくに陽がくれた。
あと6時間、短いようで長い。
この間もいろいろな人が乗っては降りた。
生活圏のちょっとずつかぶっている人たちが、ほんの数駅分だけ居合わせてまた離れる。
僕はそれをずっと初めから見ている。
なんの変哲もない誰かの日常をつまみ食いしながら西を目指す。
なんだか暖かい気持ちになるこの瞬間が好きだから、僕は鈍行に乗るのだ。
10歳の自分に礼を言いたくなる。
ありがとう。おかげで本当に好きな事を見つけられた。
徳山22:00発、下関行き。
本州では最後の列車である。
ほとんど乗客が乗っていない。
初めてくる山口県。
別に何をするわけでもないが、それだけで浮ついた気持ちになる。
こういう無邪気な喜びも、歳を重ねるたびにどんどん薄れていってしまうのだろう。
羨ましいだろ。
未来の自分に言ってみる。
お前こそ羨ましいだろ、と言い返せるような未来であるといいと思う。
下関23:51発、小倉行き。
最後に乗る列車は、15分間で関門海峡を渡る。
周りの乗客が何度も当たり前に行き来してきたこの海峡を渡るのは、初めてである。
とうとう九州上陸。
長かったようで短かった。
やっぱり東京と小倉はつながっているのだ。
そして、念願をかなえることができた。
別に余裕だったぞ。昔の自分に言ってみる。
なんと答えるだろう。
「やるやん」と言ってくれていたら嬉しい。
いつかの自分との契約を果たした。
そうしたらもっと鈍行の旅が好きになった。
「好きになること」は簡単だ。
でも「好きであること」は簡単ではない。
人だってものだって趣味だってそう。
そんな対象をたくさん見つけられれば、もっともっと人生が楽しくなるだろう。
好きでいられる対象を探すのだ。
だから僕は好奇心のアンテナをいつでも張っていたい。
あの日思い切って雑誌を買った10歳の僕のように。
<続く>
本当?