烏賊です。

 

今日は昼前に起きて、日本の国造り神話について調べていました。

謎ですね。

個人的には神話そのものではなく、そこに混じっている実際の国造りの過程に興味があります。

日本書紀も古事記も、神話と史実がごちゃ混ぜになっているんですよね。

その辺考えて書いて欲しかったなあと思います。

 

どうやら、天照大神の孫が最初に日本に降り立ったのは日向国、今の宮崎県のようです。

今となってはかなり影が薄めの地域ですが、昔は栄えていたんでしょう。

確かに海岸沿いの平野部は温暖かつ稲作が伝来する時期も早く、集落が早い時期から発生していたのもなんとなく納得がいきます。

知らんけど。

 

当時は九州のことを筑紫島と読んでいたそうです。

九州って相当でかいですよね。

それを「島」だと認識できた理由とか、そういう共通認識が広がった過程とかすごく興味があるんですが、これは当時の人に聞いてみないとわからないですかね。

それにしても不思議だなあと思います。

昔は琵琶湖のことを近江と読んでいました。「近い海」という意味だそうです。

御所にめちゃくちゃ近い湖なのに「海」とか言っていたわけです。

昔の人の「デカいもの」に関する関心ってその程度のものなのかなあと思っていたので、「筑紫島」は結構驚きました。

 

しばらく時代が降ると、歴史の中心となる舞台は近畿地方に移ります。

どうやら当時の人々は本州以南を一つの民族の住む場所として認識していたような節があるので、端っこにある九州よりは政治がしやすそうというのがあったんでしょうかね。

それでも太宰府なんかには縁があったようで、山陽道はこの頃から交通の要となっていたようです。

こういう話を目にするたびに、昔の人の移動のスケール感が壮大すぎてちょっと想像がつかないなあと感じます。

新幹線も地図も舗装道路もないのに太宰府行こうとかなりますか?というか九州方面までまとめて統治してやろうとかいう発想に至りますか?

僕なら半径5km圏内でいばるのが精一杯です。

ちなみに僕が理解できる範疇では、こういう世界観にもっとも近いのが貴志祐介「新世界より」かなと思っています。

 

こういう歴史的経緯をみると、古代蝦夷が討伐の対象となる異端だったのは納得がいきます。

九州や近畿に根を張っている人々から見ると東北なんて外国みたいなもんですよね。気候も生活様式も全然違うし。

ちなみに坂上田村麻呂に処刑された東北の村の長アテルイは、遺伝的にはアイヌ民族ではなく現代日本人の先祖だったという説があるそうです。

「東北に住んでいる」というだけで当時の権力者たちが相当距離感を覚えていたというのは多少なりともあるんではないでしょうか。

 

結局その後も遷都を繰り返し、今は関東平野の中心・東京が首都です。ニュートン法か?

奈良とか宮崎とかずいぶん遠ざかってしまいましたね。

時間が出来たら行ってみたくなりました。

という日曜日のお勉強のお話でした。