烏賊です。
運動不足を実感しています。
運動不足を実感するのは往々にして運動をしている時です。
逆説的ですね。
運動をしていないと体がなまり、運動するのが億劫になります。
億劫になればなるほど運動不足になります。
典型的な正のフィードバック機構です。
「結果」が「原因」に繋がるシステムのことをフィードバック機構といい、それによって「結果」が増幅されるシステムのことを特に正のフィードバック機構と呼びます。
昔書いたことがありますね。
飲酒するメカニズムとエルニーニョの発生するメカニズムは似ているという話です。
覚えてるでしょうか。
別に覚えてなくても大丈夫です。
今の専門分野を選んでからもうすぐ二年くらいです。
さわりの部分を学んで思うようになったのは、「大抵のことにはフィードバック機構が絡んでいる」ということです。
ほとんどの論文が、「それっぽいフィードバック機構のシナリオを考える」「それが正当化される感じの結果を統計学を駆使して捻り出す」というような順序で書かれています。
流石に無理やりなんじゃないかと思うようなこじつけも少なくありませんが、分野全体がそういう感じで研究を進めているといった雰囲気です。
人は朱に交われば赤くなるもので、僕も気付いたらそういう枠組みで物事を捉えるようになっていました。
先週、こんな「常識」を無視した論文と出会いました。
最初は何を言っているかわからなかったんですが、ようやく「どうしてわからないのか」がわかってきました。
フィードバックの話を全く絡めていないからです。
数日経ってようやくこのレベルなのでまだまだ全く内容は理解できていないんですが、面白そうなことが書いてある雰囲気は感じ取り始めています。
ようやく「フィードバックの呪縛」から逃れる第一歩を手にしたのかも知れません。
「大抵のことにはフィードバック機構が絡んでいる」と理解したつもりでいたのですが、本当は「大抵のことにはフィードバックで説明をこじつけられる」という方が正しいんでしょう。
大袈裟かも知れませんが、こういうのをコペルニクス的転回と呼ぶんじゃないでしょうか。
とある後輩が昔「コペルニクス的回転」とか言っていてみんなで大笑いしたことがあったんですが、彼の言わんとすることもなんとなくわかります。
こういうパラダイムシフトには「回転」と呼びたくなるような「ひっくり返る感覚」があります。
感動すると同時に、研究者としての自分の限界も感じました。
新しい視点が提示できなければ研究者として一流ではないと思うし、他の職業ならともかく「研究者」としては一流でなければ自分のプライドが許さないと思います。
そして、自分はそういう種類の頭の良さで戦うのに向いていないと思っています。
改めてアカデミアへの未練を断ち切れたような気分です。
元々ほとんど未練はないですけど。
決してネガティブな意味ではなく、「自分の向き不向きを理解して職業選択につなげた」という非常に建設的な話です。
グダグダ言ってないで修論頑張りましょうね。