烏賊です。

 

日が長くなってきましたね。布団を抜け出して外に出てみたらもう日が暮れていたなんてことも、この季節には少なくなります。

持ち前の適応能力で自堕落な生活にフィットしてきています。せっかくのゴールデンウィークなのでもう少し流れに身を任せてみることにします。

今日は先生から進捗を問うメールがきました。ゴールデンウィークの日曜日にそんなこと聞くのは野暮ではないかとも思いますが、当たり前のように仕事をしているのはさすがだなあとも思わされます。

 

そういえば、高校の頃は当たり前のように土日も通常稼働してました。

特に高3の頃は、ほぼ毎日同じタイムテーブルで生活していたように思います。今思うと考えられない話です。

最近の僕は「息抜きは必要である」と声高に主張して怠けることを正当化しているわけですが、当時の生活があれで成立していたことを考えると案外僕はもっと頑張れるのかもしれません。

 

とは書きましたが、蜜の味を知ってしまった人間は元へは戻れないものです。

当時の僕は怠け方も遊び方も知らず、家と学校の往復と時々寄るTSUTAYAが世界の全てでした。

おかげで地元の観光案内を頼まれても何にもわかりません。そこらへんの観光客の方がよく知っていると思います。

なんか哀れな感じがしますが、結構幸せに暮らしていました。知らなくていいこともあるのかもしれません。

人間に生来備わっている知的好奇心は、生活を豊かにすることも貧しくすることもある諸刃の剣です。

 

大人になるにつれて人は怠けることを知っていき、そして一度知ってしまうと戻れないのだろうと思います。

こういうことを考えるときいつも頭に浮かぶのが、高校の時の先生たちの顔です。

生徒が登校してくると当然先生も学校に来なければいけないわけですから、うちの高校では当たり前のように先生が休日出勤していました。

特に高3の担当の先生は悲惨で、年間に休みがヒトケタ日間しかないような人がゴロゴロいました。

どの先生も家庭を顧みるような生活ができているようには見えません。というか家庭を持たない人も多くいました。

 

生徒からの批判が絶えない高校だったので、先生も悪の手先みたいに扱われていたように思います。

そんな状況で、プライベートを投げ打って仕事に打ち込む先生たちは一体どんな心境だったのでしょうか。想像もつきません。

まして、先生は高校生とは違って蜜の味を知っています。

怠けることがいかに楽かを知っていながら身を粉にして働くというのは、まあ少なくとも僕のスタイルではありません。そういう人にはやはり敬意を抱きます。

 

教師って人の尊敬を集める機会の多い職業だと思います。

僕はこれまで出会った教師をロールモデルにして生きているわけでもないし、特別に慕っている先生もたくさんいるわけではありません。どちらかというと先生には恵まれなかったと思っています。

それでも、こんな形で知らないところから敬意を向けられていたりするわけです。素敵な職業ですね。