雲に隠れることもありますし、夜になれば暗くなりますが、それは私たちの位置からは見えないだけで、太陽が消えてしまったわけではありません。荒れ狂う嵐の夜にも、太陽は、ちゃんと雲の上にあるのです。
私たちは、ツイている時や、気分のよいことに出会った時には、生きていることが楽しいと思ったりします。逆に、辛いときや苦しいとき、失敗したり人に裏切れたりして、落ち込んでいるときには、とても楽しいと感じることはできません。
でも、本当はどんなときでも、人生を楽しむことができると言ったら、信じられるでしょうか。「楽しむ」を辞書で調べてみると、こんなことが書いてあります。
心が満ち足りる。自分の好きなことをして心を満足させる。食物などが十分にあって快い。豊かになる。裕福になる。

つまり、自分の欲しいものが十分にあって、それに満足している状態を指しています。
ですから、もしも、今、この瞬間を「楽しい」と感じることができないとしたら、望むものを十分手に入れていないか、それに満足していないからだということになります。
だとしたら、よっぽど運が良くて、大金を手に入れたり、大きな目標を達成したときでないと、人生を「楽しむ」ことは難しいことになります。何しろ、欲しいものはいくらでもあるし、今の自分自身や環境にも、探せば満足できないところは、いっぱいあるのですから。
もっとお金が欲しい、やりがいのある仕事がしたい、もう少し背が高かったら、もっと明るい性格になりたい、時間が欲しい、頭が良くなりたい、頼れる友だちが欲しい・・・
これでは、なかなか、人生を「楽しむ」どころではないですね。でも、その思いこそが、本当は「楽しむ」ことを妨げている?としたら、どうでしょうか。今の自分にないもの、できないこと、どうしようもないこと、マイナスなことばかりを探して見ているから、今を「楽しむ」ことができないのです。

ツイているときや、気分の良いときには、心に余裕ができて、マイナスではなく、プラスのことが見えてくるでしょう。だから、本当は、欲しいものを十分に手に入れたり、今の自分の満足するから、「楽しい」のではなくて、そんな状態でいると、心に余裕ができて、見えなかったものが見えるようになってくるからなのではないでしょうか。
「楽しむ」を英語にすると、「Enjoy」となります。
この単語は、「en(~の中に入る)」と「joy(喜び)」からできています。つまり、「楽しむ」とは、「自分の中に、喜びを入れる(受け入れる)」ということなのかも知れません。
そう、見ようとする目があれば、この世界には「喜び」が満ちあふれています。それに気づいて、受け入れることが、本当に「楽しむ」ということなのですね。