憎しみあいながら同じ屋根の下で暮らすとなれば、これは悲劇です。
また地域や学校、職場で、しっくりいかない人間関係があって、お互いに気まずい思いをしながら、それでも共に生きていかねばならないのも、とてもつらいことです。

別れたくとも別れられない、離れたくとも離れられない、ままにならないことが多いのも世の常です。
顔も見たくない、まして言葉を交わすことも苦痛であり、怨み、憎しみの気持ちが増すばかり、そういう事情のもとで日暮らしをしなければならないとなると、これはすごいストレスであり、日々が苦しみの連続です。
大切な人や愛した人が憎しみの人に変わることも、尊敬していた人に裏切られることもあります。
怨み、憎しみのあまり、冷静な判断ができなかったり、一線を越えてしまうと、不幸な悲劇さえまねいてしまうことがあります。

つらい思いをすることは自分自身の向上につながる。
今苦しい思いをしていることは、自分が磨かれ慈悲の心が育まれていく、修行をさせていただいていると思えばよいのです。
苦しい目にあった人は、他人の苦しみも理解できる。心の痛みがわかる人は、何ごとにつけても広い心で接しようとします。
なぜならば、怨み、憎しみあって生きるよりずっと楽しいからです。
鐘の音より