変遷
先日、奈良県王寺町で建築したF様邸
僕の大学時代の友人が営む串料理店「北梅」がつなげた
不思議な縁でお家を建てさせていただくことになりました。
完成した家は、これまで僕が作ってきた上で
「中身」
ここにおいて、最も充実した家を作る事ができたと感じています。
これまで、我々の「プラス」で120%を目指してきましたが
今回、建築主の100%にこだわって作る
「パブリックサーバント」
これに徹しました。
功名も虚栄もなく、ただそこにある純粋に徹しきれない若さは
既に50歳に近くなった中高年の僕にはありません。
この日曜日にF様のお宅で
F様秘蔵のお酒や料理のおもてなしを受けました。
これまで、お客様と家を建てる前から一緒に飲み
語らいながら建築し
迎えた直会(なおらい)は、これまでの建築人生の中で実は
初めてでした。
僕はどこか潔癖に
「酒飲んだり、接待とか」どこか不正や不潔に思っていた節が有り
したことが無かったのです。
しかしながら、その垣根を越えて迎えた直会は
これまでの「引渡後」とは全く違う経験となりました。
「人は変わる」
それが悪い事なのか、良い事なのか関係なく
「人は変わっていく」
そして僕も
僕にできていくこと
変遷
良くも悪くもなくただ普通に
あ!写真撮るの忘れた!!
僕の大学時代の友人が営む串料理店「北梅」がつなげた
不思議な縁でお家を建てさせていただくことになりました。
完成した家は、これまで僕が作ってきた上で
「中身」
ここにおいて、最も充実した家を作る事ができたと感じています。
これまで、我々の「プラス」で120%を目指してきましたが
今回、建築主の100%にこだわって作る
「パブリックサーバント」
これに徹しました。
功名も虚栄もなく、ただそこにある純粋に徹しきれない若さは
既に50歳に近くなった中高年の僕にはありません。
この日曜日にF様のお宅で
F様秘蔵のお酒や料理のおもてなしを受けました。
これまで、お客様と家を建てる前から一緒に飲み
語らいながら建築し
迎えた直会(なおらい)は、これまでの建築人生の中で実は
初めてでした。
僕はどこか潔癖に
「酒飲んだり、接待とか」どこか不正や不潔に思っていた節が有り
したことが無かったのです。
しかしながら、その垣根を越えて迎えた直会は
これまでの「引渡後」とは全く違う経験となりました。
「人は変わる」
それが悪い事なのか、良い事なのか関係なく
「人は変わっていく」
そして僕も
僕にできていくこと
変遷
良くも悪くもなくただ普通に
あ!写真撮るの忘れた!!
ユウゲンはムゲン
先日、もくもく勉強会という「能」の勉強会に参加してきました。
最近、「能」に触れる機会がなかったのか、自分に何か必要なのか分かりませんが
日曜日の能舞台に行けないのですが。無性に「能」に触れたくて参加しました。
この日の会は「大鼓(おおつづみ)」
能においては笛、太鼓、小鼓、大鼓という4種類の楽器と
「イヨォー」「ホォー」のかけ声のみ。
僕は、この打楽器とかけ声は「能」の添え物の思っていました。
以前にも書いた通り、「能」にはすで600年前に完成してしまった世界があり
この日、日本でたった二人しかいない「世阿弥流大鼓」を打つ森山 泰幸さん
に指導を受け、大鼓を叩きました。
指が折れるほどの痛さ。
その打楽器を打つと共に「イヨォー」の声は横に広げた打つ前の仕草がまるで
「日本刀を抜く構え」
ほど森山さんの体が見紛うほど大きく見え
僕はこの瞬間、この瞬間に間違いに気付きました。
世界の、世界観の中で主従はないということ
日本刀を抜き、人を切るように鼓を打ち
刹那に謡いシテ方。
何の動きすらなくとも
「能」の世界に僕が「世界」を見ました。
確かに
僕の「建築」はこの「能」に触れてから、明らかに「質」が変わりました。
そしてこの日気付いたのです。
先人が成された「完成」は未熟な僕を突然
「完成」の前へ引っ張り出す
「叡智」
であると。
350年前の蒔絵の鼓を打ち
600年前の完成に
現在の僕は最新へ引きずり出され
僕にできること
空気を売ること
僕はどこまでも壁に囲まれた「空気」に命をかけていると気付かされたこと
林本 大 先生
森山 泰幸 先生
ありがとうございました。
最近、「能」に触れる機会がなかったのか、自分に何か必要なのか分かりませんが
日曜日の能舞台に行けないのですが。無性に「能」に触れたくて参加しました。
この日の会は「大鼓(おおつづみ)」
能においては笛、太鼓、小鼓、大鼓という4種類の楽器と
「イヨォー」「ホォー」のかけ声のみ。
僕は、この打楽器とかけ声は「能」の添え物の思っていました。
以前にも書いた通り、「能」にはすで600年前に完成してしまった世界があり
この日、日本でたった二人しかいない「世阿弥流大鼓」を打つ森山 泰幸さん
に指導を受け、大鼓を叩きました。
指が折れるほどの痛さ。
その打楽器を打つと共に「イヨォー」の声は横に広げた打つ前の仕草がまるで
「日本刀を抜く構え」
ほど森山さんの体が見紛うほど大きく見え
僕はこの瞬間、この瞬間に間違いに気付きました。
世界の、世界観の中で主従はないということ
日本刀を抜き、人を切るように鼓を打ち
刹那に謡いシテ方。
何の動きすらなくとも
「能」の世界に僕が「世界」を見ました。
確かに
僕の「建築」はこの「能」に触れてから、明らかに「質」が変わりました。
そしてこの日気付いたのです。
先人が成された「完成」は未熟な僕を突然
「完成」の前へ引っ張り出す
「叡智」
であると。
350年前の蒔絵の鼓を打ち
600年前の完成に
現在の僕は最新へ引きずり出され
僕にできること
空気を売ること
僕はどこまでも壁に囲まれた「空気」に命をかけていると気付かされたこと
林本 大 先生
森山 泰幸 先生
ありがとうございました。
現在実験中 〜新たなる人体錬成〜
米子市にある朝日住宅で
この春からずっと実験中のことがあります。
これまで大阪のスクエアプラスという会社で
神ならぬ愚かな「人」が
「人」を作ろうとし、何度も失敗したこと。
偶然、踏み出した一歩は、愚かな僕があれほど渇望した「人」を右腕を得る事ができました。
そして神ならぬ愚か者は、今またその禁忌を犯し「人」を作ろうとしています。
それは、これまでに比べ物にならない程の「劇薬」
いや、ほぼ「猛毒」といっていいくらいの負荷をかけ
その猛毒の苦しみに七転八倒している人がいます。
この毒を克服したとき
何を得て、どんな「ヒト」が錬成されるのか
正直、楽しみです。
僕のほくそ笑み
ほぼ、魔法使いのおばあさん
この春からずっと実験中のことがあります。
これまで大阪のスクエアプラスという会社で
神ならぬ愚かな「人」が
「人」を作ろうとし、何度も失敗したこと。
偶然、踏み出した一歩は、愚かな僕があれほど渇望した「人」を右腕を得る事ができました。
そして神ならぬ愚か者は、今またその禁忌を犯し「人」を作ろうとしています。
それは、これまでに比べ物にならない程の「劇薬」
いや、ほぼ「猛毒」といっていいくらいの負荷をかけ
その猛毒の苦しみに七転八倒している人がいます。
この毒を克服したとき
何を得て、どんな「ヒト」が錬成されるのか
正直、楽しみです。
僕のほくそ笑み
ほぼ、魔法使いのおばあさん