ユウゲンはムゲン
先日、もくもく勉強会という「能」の勉強会に参加してきました。
最近、「能」に触れる機会がなかったのか、自分に何か必要なのか分かりませんが
日曜日の能舞台に行けないのですが。無性に「能」に触れたくて参加しました。
この日の会は「大鼓(おおつづみ)」
能においては笛、太鼓、小鼓、大鼓という4種類の楽器と
「イヨォー」「ホォー」のかけ声のみ。
僕は、この打楽器とかけ声は「能」の添え物の思っていました。
以前にも書いた通り、「能」にはすで600年前に完成してしまった世界があり
この日、日本でたった二人しかいない「世阿弥流大鼓」を打つ森山 泰幸さん
に指導を受け、大鼓を叩きました。
指が折れるほどの痛さ。
その打楽器を打つと共に「イヨォー」の声は横に広げた打つ前の仕草がまるで
「日本刀を抜く構え」
ほど森山さんの体が見紛うほど大きく見え
僕はこの瞬間、この瞬間に間違いに気付きました。
世界の、世界観の中で主従はないということ
日本刀を抜き、人を切るように鼓を打ち
刹那に謡いシテ方。
何の動きすらなくとも
「能」の世界に僕が「世界」を見ました。
確かに
僕の「建築」はこの「能」に触れてから、明らかに「質」が変わりました。
そしてこの日気付いたのです。
先人が成された「完成」は未熟な僕を突然
「完成」の前へ引っ張り出す
「叡智」
であると。
350年前の蒔絵の鼓を打ち
600年前の完成に
現在の僕は最新へ引きずり出され
僕にできること
空気を売ること
僕はどこまでも壁に囲まれた「空気」に命をかけていると気付かされたこと
林本 大 先生
森山 泰幸 先生
ありがとうございました。
最近、「能」に触れる機会がなかったのか、自分に何か必要なのか分かりませんが
日曜日の能舞台に行けないのですが。無性に「能」に触れたくて参加しました。
この日の会は「大鼓(おおつづみ)」
能においては笛、太鼓、小鼓、大鼓という4種類の楽器と
「イヨォー」「ホォー」のかけ声のみ。
僕は、この打楽器とかけ声は「能」の添え物の思っていました。
以前にも書いた通り、「能」にはすで600年前に完成してしまった世界があり
この日、日本でたった二人しかいない「世阿弥流大鼓」を打つ森山 泰幸さん
に指導を受け、大鼓を叩きました。
指が折れるほどの痛さ。
その打楽器を打つと共に「イヨォー」の声は横に広げた打つ前の仕草がまるで
「日本刀を抜く構え」
ほど森山さんの体が見紛うほど大きく見え
僕はこの瞬間、この瞬間に間違いに気付きました。
世界の、世界観の中で主従はないということ
日本刀を抜き、人を切るように鼓を打ち
刹那に謡いシテ方。
何の動きすらなくとも
「能」の世界に僕が「世界」を見ました。
確かに
僕の「建築」はこの「能」に触れてから、明らかに「質」が変わりました。
そしてこの日気付いたのです。
先人が成された「完成」は未熟な僕を突然
「完成」の前へ引っ張り出す
「叡智」
であると。
350年前の蒔絵の鼓を打ち
600年前の完成に
現在の僕は最新へ引きずり出され
僕にできること
空気を売ること
僕はどこまでも壁に囲まれた「空気」に命をかけていると気付かされたこと
林本 大 先生
森山 泰幸 先生
ありがとうございました。