随分浸透したようです 〜まんじゅう怖い〜
昨日、当社のホームページを作ってくれている、「アドベネック」の松下さんが来社。
「新しい事務所に移転したので、そのご挨拶を」と
いただきました。
「たねや」の大福詰め合わせ。
僕がこのブログでよく「無類のアンコ好き」と書いているせいか、最近よくアンコ物をいただきます。
早速、3種類ともたべて
一番プレーンな大福は、中に栗が入っていました。
塩マメときな粉もおいしくいただきました。
一緒に打合せしていたスタッフ・マツバラも「これはおいしいですね!、あぁっ、栗が入ってる」
と舌鼓をうって
「ところで、木下さん。先日のどら焼き 、僕が全部食べたと思ってるでしょ」とスタッフ・マツバラに聞かれ
「うん、7割ぐらいは思っているよ」
「え~、僕1個しか食べてませんよ、僕じゃないですよ~」
なぜ7割の確率でスタッフ・マツバラが食べたと思ったのか?
それは又、別のお話で。
僕が思う事
落語「まんじゅう怖い」はあなどれない。
「新しい事務所に移転したので、そのご挨拶を」と
いただきました。
「たねや」の大福詰め合わせ。
僕がこのブログでよく「無類のアンコ好き」と書いているせいか、最近よくアンコ物をいただきます。
早速、3種類ともたべて
一番プレーンな大福は、中に栗が入っていました。
塩マメときな粉もおいしくいただきました。
一緒に打合せしていたスタッフ・マツバラも「これはおいしいですね!、あぁっ、栗が入ってる」
と舌鼓をうって
「ところで、木下さん。先日のどら焼き 、僕が全部食べたと思ってるでしょ」とスタッフ・マツバラに聞かれ
「うん、7割ぐらいは思っているよ」
「え~、僕1個しか食べてませんよ、僕じゃないですよ~」
なぜ7割の確率でスタッフ・マツバラが食べたと思ったのか?
それは又、別のお話で。
僕が思う事
落語「まんじゅう怖い」はあなどれない。
プランとエレメントと精神世界②
プランとエレメントと精神世界のつづきです。
不動産広告に多いのは
「ウソ平面図」と「文字情報」
土地や建物属性については、分かりにくい「文字情報」
敷地面積何㎡、第一種何たら地域、何々構造、接道何m…etc.
そして、建物はとりあえず4LDK、使い勝手や明るさ、空間の豊かさは表現されず、似ても似つかないイメージ写真を付けています。
極めつけなのは、大阪で多いのかもしれませんが、車の縮尺がおかしいカーポート。
絶対車が入らないにも関わらず、車の絵を小さくして余裕で入っているような「ウソ平面図」
これらが「考え」のスタンダードになってしまって、高額な住宅というものを求めようとしています。
図面では理解できないもの
それは建築を構成するものすべて、つまり素材すべてがどう組合わさり、どう見えるのかということです。
すべての図面は現場がどう作業するかの「指示書」でしかなく、芸術作品でも何でもありません。
紙切れが美術ではなく、現実社会に姿を現す完成品がどうであるか?
僕らはそれを伝えるためにCGを作ったり、色々イメージ図を作りますが
「遠い過去、ふとんに潜り込み、もう十数回読んだ小説。
そんな本が数千冊。
テレビを見るより
もう何度読んだかわからない本のクライマックスに
前に読んだ時より、もっと想像し、もっとリアルに、もっとのめり込んだ」
目を閉じれはいつでも、空想から現実を作る事ができるので
設計する前から、現実に存在するより現実なアイディアとイメージの「精神世界」は
どうやってもお客様に伝えることに堪えるプレゼンテーションになりません。
もともとプレゼンテーションなんていう小手先のものではなく
「何かわからんけど木下くんに任すわ」と言って頂けるまでの情熱のほうが
僕にとっては姿形はなくとも、最も「リアル」です。
これも、一般的的に建築家、建築士を進む方には邪道なのだと思いますが。
僕のセメントマッチ(真剣勝負)
姿無き者を置き、その姿無き者に負けないこと。
不動産広告に多いのは
「ウソ平面図」と「文字情報」
土地や建物属性については、分かりにくい「文字情報」
敷地面積何㎡、第一種何たら地域、何々構造、接道何m…etc.
そして、建物はとりあえず4LDK、使い勝手や明るさ、空間の豊かさは表現されず、似ても似つかないイメージ写真を付けています。
極めつけなのは、大阪で多いのかもしれませんが、車の縮尺がおかしいカーポート。
絶対車が入らないにも関わらず、車の絵を小さくして余裕で入っているような「ウソ平面図」
これらが「考え」のスタンダードになってしまって、高額な住宅というものを求めようとしています。
図面では理解できないもの
それは建築を構成するものすべて、つまり素材すべてがどう組合わさり、どう見えるのかということです。
すべての図面は現場がどう作業するかの「指示書」でしかなく、芸術作品でも何でもありません。
紙切れが美術ではなく、現実社会に姿を現す完成品がどうであるか?
僕らはそれを伝えるためにCGを作ったり、色々イメージ図を作りますが
「遠い過去、ふとんに潜り込み、もう十数回読んだ小説。
そんな本が数千冊。
テレビを見るより
もう何度読んだかわからない本のクライマックスに
前に読んだ時より、もっと想像し、もっとリアルに、もっとのめり込んだ」
目を閉じれはいつでも、空想から現実を作る事ができるので
設計する前から、現実に存在するより現実なアイディアとイメージの「精神世界」は
どうやってもお客様に伝えることに堪えるプレゼンテーションになりません。
もともとプレゼンテーションなんていう小手先のものではなく
「何かわからんけど木下くんに任すわ」と言って頂けるまでの情熱のほうが
僕にとっては姿形はなくとも、最も「リアル」です。
これも、一般的的に建築家、建築士を進む方には邪道なのだと思いますが。
僕のセメントマッチ(真剣勝負)
姿無き者を置き、その姿無き者に負けないこと。

