~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔 -152ページ目

白いよ

朝の皆生海岸
~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔-image.jpeg ~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔-image.jpeg
吹雪いて

真っ白です。


ー7℃の世界

今年は例年になく雪に見舞われた日本海側。

今日も今日とて、大阪から鳥取県は米子に向かいます。

蒜山高原では

~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔-image.jpeg ~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔-image.jpeg

ー7℃。

パサパサに乾いた雪です。

こんな光景は久しぶりに見ました。

米子市内も
~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔-image.jpeg ~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔-image.jpeg
吹雪いて来ました。

今日の皆生ホテルも
~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔-image.jpeg
雪化粧です。

僕にできること

一風呂浴びる事

人が学ぶとき 〜学べない理由〜②

人が学ぶとき ~学べない理由~①のつづきです。

偏った知識で家を売る、歪な販売人形だった僕は

家を建てられるお客様の想いに応える心と、「足りない自分」との隙間がどんどん大きくなり

目の前の幸せや喜びに想いを変えようとすればする程、無知である自分をどんどん見つけてしまいます

就職とともに崩壊したバブル経済の中

景気は悪くなって行っていても、「足りない」「無知」「想い」と「我流」で埋めながら

家は売れて行きました。

「足りない」を想いで、「無知」を我流で埋めて行くと、さらに足りなくなり、無知をさらけ出すこととなってゆき

30歳を迎える前には、僕の頭と心はもう、均衡を保つことが出来なくなっていました。

気づかないうちに、建築というものと僕が向き合うこととなる「卵」が僕の中で生まれそうです

紆余曲折があり、衝動的にこの会社を辞めることになりました。(紆余曲折はまた別のお話)

衝動的でしたが、ある決意がありました。

衝動的だったので、生活に関わる準備は一切ありませんでした。

僕は29歳にして無職となり、

昼間はアルバイトをして、夜間は建築専門学校に通う事になったのです。

~つづく~