8・12  520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故から30年が経過した。


単独の航空機事故として、世界最多の死者数となった悲惨な事故である。


1985年8月12日、当時、私は帰省先の地方都市で駐車場係のアルバイトをしていた。


連日、熱く焼けたアスファルトの上で、クルマの誘導と料金の精算業務に追われていた。


夜、実家に帰ると、テレビが日航機不明、墜落の可能性を報じていた。


母親が、「(坂本)九ちゃんが乗っとったらしいわ。」と画面を見ながら私に説明してくれた事を昨日の事のように思い出す。


機内はお盆休みの帰省客や出張のサラリーマンでほぼ満席だったという。


犠牲者の遺族らは、混乱と悲しみの中で、遺族会を結成し、日航側と賠償交渉を持つこととなる。


遺族側が被害者、日航が加害者として。


賠償交渉の場面については、山崎豊子の小説「沈まぬ太陽」に一部をフィクションとして垣間見ることができるが、当事者にとって、実際にはもっと重く困難な時間が連続したに違いない。


民法709条にあるとおり、故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


被害者が被る損害には「財産的損害」と「精神的損害」がある。


遺族側が主張した墜落までの「恐怖」の代償。


30数分のダッチロールの間、凄まじい恐怖の中で、遺書をしたためた被害者たち、その恐怖は想像に絶する。


しかし、損害賠償は結局、民法722条1項の金銭賠償の原則により、賠償金の支払いによってしか解決できない仕組みになっている。


愛しい人を返して欲しいだけで、決してお金が欲しいわけではない遺族ら被害者側と、お金でしか償えないと考えている加害者側、両者の間には、決して埋まることの無い溝が存在する。


そこで、過去の判例、被害者の年収、逸失利益、慰謝料等・・・、当事者間において、金銭の積み上げによる虚しい交渉が続いて行く事になるのだ。


誠意という、目に見えない幻影の名の元で・・・。


それは、30年経過しても、全く変わっていない。