「そんなこと言ってるから、ダメなんだってえー。」


今日は、久しぶりに、ある音楽仲間の会があり、夜、居酒屋で、昔、東京の美大に行ってた女友達から、思いっきりダメ出しを受けた。


酔っぱらって、このブログを書いてるから、とりとめない話になるかもしれないけど、ご容赦願いたい。


彼女は、私よりも一回りくらい若いのだが、しっかりした考え方の持ち主で、小学生の娘さんが一人いるシングルマザーだ。


彼女は、仕事と趣味はきっちりと分けるべきだというポリシーを持っていて、大学時代に学んだ建築デザインもあくまで趣味の延長線上の事で、仕事にするつもりなど毛頭なかったとのこと。


確かに、今の仕事は全く建築デザインとは無関係だ。


私も、多少、美術に興味があるので、それは何となくもったいない、私も、もし芸大に進んでいたら、今の仕事はしていなかっただろう、なんて少しカッコ付けてしゃべったところ、先程のダメ出しをくらったのである。


彼女が言うには、ベースとなる仕事をする事で、ある程度、経済的な自由を獲得し生活レベルを保ち、それ以外の時間を思いっきり趣味に充てる。


そして、趣味はというと、プロ並みの歌声と作詞活動、またインテリアデザインへの造詣が深いので、新しいバーやライブハウスができれば、すぐさま出かけて行き、内装のチェックも怠らない。


さらには、将来は、ライブのできるバーかカフェを趣味で経営する夢を持っている。


それも趣味の範疇なので、あくまで生活の糧とはしない。


一方、男性は、仕事と趣味をくっつけて考える人が多いから、結局、脱サラしてもほとんどが失敗する。


例えば、老後に喫茶店を開こうとしても、投資した退職金が回収できる見込みはない。


喫茶店が生活するための新たなよりどころに変わっただけだ。


成功すればよいが、結局、ジリ貧となって、借金だけが残る事になる。


その女性の発想には、脱サラなどの選択肢は全くないという。


彼女たち女性は、常に多面的な考え方を持っているというのだ。


いわゆる先進的な「ワークライフバランス」というものであろうか?


経済活動と趣味や夢といった創造的活動と、全く別の彼女が存在する。


全ての女性が必ずしも、彼女のような多面的な生き方を好むかどうかは別として、確かに男と女の考え方の違いが人生設計に投影されている気がした。


よく言われる通り、「美術でメシが食えるかどうか?」なんていう命題はそもそも男性が発言する場合は、できるかできないかの二者択一の議論になりがちだが、女性に言わせれば、「別に美術で生活しなくてもいいじゃない。趣味として楽しめば。」と言いながら、意外としたたかに事業として成功させていたりするものだ。


人生をしなやかに生きる女性と、かたくなに自分の生きざまにこだわる男性。


われわれ男性は、女性のこういった多面的な考え方を見習わなければ、今後、ますます生きていくのに苦しくなっていってしまうのかもしれない。