上司として泣いたことはありますか? | 黒岩禅の上司の魔法

上司として泣いたことはありますか?


「上司として泣いたことはありますか?」


私の忘れられない日のことをお話します。

今から遡ること13年前、97年3月のことです。


全国800人のTSUTAYA店長を対象にした「5つ星店長制度」の

表彰式が執り行われていました。


その壇上には、私の部下が二人も登壇していたのです。


たった二人しか選ばれなかった「5つ星店長」に、私の部下が二人選ばれたのです。


TSUTAYA創業者、増田宗昭氏から表彰状を手渡される店長たち。

彼らを見て涙が溢れてきたことを、今も昨日のように覚えています。


私にとっても、「この業界で一番になる!」と決意した夢が実現した瞬間でもありました。


嬉しくて嬉しくて嬉しくて。

歓喜の涙でした。



しかし、全国1位を獲得した店長の顔は喜んでいませんでした。

全国1位、日本一になったのに喜んでいないのです。


「嬉しないんか?」と聞く私に、彼は目をそらしながらこう答えました。


「黒岩さんの言うとおりにしただけですから・・・」



当時の私は、怒鳴って仕事をさせることがかっこいい上司と勘違いしていました。

「上司は嫌われてなんぼ」そんなふうに思っていたのです。

彼らを恐怖で縛り付け、それこそ無理矢理に仕事をさせていたのです。


多くの不満と、やらされ感一杯で仕事をしていた彼らにとって、

全国1位も喜べるものではなかったということです。



「俺は何のために頑張ってきたんやろ?」

その夜は泣いて泣いて泣いて朝を迎えました。

朝になっても、涙が止まらずどうしたらいいか分かりませんでした。



「良い部下に育って欲しい」と、本気で思っていました。

部下のため
部下のため
部下のため

そうやって頑張ってきました。


涙を流しながら気づくのです。


「良い部下に育って欲しい」は

「自分にとって都合の良い部下に育って欲しい」だった。


部下のためではなく、自分のためだった。

自分のことだけを思っていたんだ。



歓喜の涙を流した日が上司人生最悪の日になったのです。



それまでは、

「上司の嬉しいことが、部下の嬉しいこと」と思っていました。

「部下の嬉しいことを、上司の嬉しいこと」に変えようとしました。


とはいえ、うまくいかない。

部下ともうまくいかず、役員(私の上司)ともうまくいかず。

結果的に98年の夏、30歳を迎えた私は退職をしました。



退職をしてから12年。

今なら分かります。

あのころにうまくいかなかった原因を。


それは、「ごめんなさい」と言えなかったからです。

自分のわがままで部下に無理強いをしていたことに気がついたのに、

「ごめんなさい」をしていなかったのです。


「いままで、申し訳なかった。上司として変わる。だから、改めて協力をして下さい!」

そう言えてれば退職することも無かったかもしれません。


未熟すぎる上司でした。



あの最悪の日から12年。

1280店舗から最優秀店舗を決めるTSUTAYA過去最大のイベントにて

グランプリを獲得することが出来ました。


グランプリを獲得した甲斐大輔店長の言葉が、私の「最悪の日」を払拭してくれたのです。

彼の泣き崩れながらの言葉は「この会社に入って良かった」でした。


13年前の私なら、グランプリを獲得したことが上司として嬉しかった。

今は違います。この言葉こそが上司として最高の栄誉なのです。


一緒に働くスタッフのひとり一人がイキイキと、そして小さな会社だけどキラッと光る。

誰かがすごいのではなく、みんながすごいのでもなく、

「みんなですごい」日本一のチームが生まれました。


頑張ってくれたから感謝するのではなく、

感謝するから頑張ってくれるのだ。


そんなことを確信させる日になりました。