ランドセルの思い出
各地で入学式が行われた今日
ちっちゃな背中にランドセルを一所懸命に背負った子どもたち
それをほほえむかのようなお天気
それを祝福するかのような桜吹雪でした。
全国の入学を迎えられた子どもたち
入学おめでとう!!!
全国の入学を迎えられたお父さん、お母さん。
思い起こせば、あっという間の6年、7年だったと思います。
ご入学おめでとうございます!!!
そんな、子どもたちのランドセルをみて思い出すことがあります。
小学校にあがる僕は、西成区の「あいりん」と呼ばれるところに住んでいました。
当時は子どもたちで賑わう地域だったように記憶しています。
入学式を迎えた僕は、嬉しいよりも悲しかったのを覚えています。
周りの子どもたちが、
ピカピカのランドセルを背負ってきているのに僕は手提げのカバンでした。
いまでこそ、ランドセルを背負わない子どもも増えたそうですが
当時は全員がランドセルの時代です。
ひとりランドセルを背負わずに登校する僕に
まわりの子どもたちは
「なんでなんで?」
「ルールは守らんとあかんねんで」
「あんたんとこ貧乏なん?」
と、言葉で刺してくるわけです。
特に「貧乏」という言葉は、傷つきました。
まぁ、本当に貧乏でしたが・・・
いまの僕なら、
俺・・・人気もんやん!
と絶対に喜んでいるところですが(笑
当時は返す言葉もなく・・・
子どもたちの初めの言葉には悪意はなくとも
僕が反応しない(返す言葉もない)ことで、無視をしていることになってしまったわけです。
(定かではありませんが、思い返すときっとそうだと思います)
その結果、悪意のある言葉に変わっていく
つまり・・・・イジメられていた(涙
イジメも言葉だけでなく、
物を隠されたり、鉛筆を折られたり・・・・
それだけならまだしも、鉛筆が折られたりなくなったりすると
父親からめちゃくちゃ殴られるのです。
はい、めちゃくちゃです。
当時の言葉で「折檻」
いまの言葉で「虐待」でした。
そんな幼少のころを、ランドセルをみては思い出しています。
おわり
って、ここで終わるとランドセルの悲しい辛い思い出になってしまうやんけぇ~
・・・と、一人突っ込み(笑)
僕にとっては、ほほえましい思い出です。
学校にも行けなくなるくらいに殴られていました。
素手だけでなく、足で蹴られる、箒の柄で叩かれる、ベルトを鞭代わりに・・・
気を失ったこともしばしば。
そんな経験ですが、自分にとってはほほえましいのです。
なぜなら、その経験があるからこそ今の自分がある。
そう思えるようになったからです。
そう思えるようになったのは、
たくさんの経験体験と、なによりも人生を一緒に歩める家族や仲間のお陰です。
そして気づいたことがあります。
人生は一人で生きていこうとすると辛いことばかりだが、
仲間と生きていこうとすると楽しくなるんだ。
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ありがとう。
